庶民の足として安価な運賃でフィリピンの交通を担ってきた「ジプニー」に終焉(しゅうえん)の時が近付いている。マルコス大統領は運行団体の反対で繰り返し先延ばしされてきたジプニー近代化の期限を2023年12月31日に決定した。運行団体はストやデモに踏み切り反対を表明しているが、環境問題などの観点からも旧態依然としたジプニーの近代化は避けて通れない問題との認識が高まっており、転換の波は止められそうにない。(マニラ・福島純一)
ジプニーとは決められた路線を走る乗り合バスで、合図を出せばどこでも乗り降りできるフィリピンを代表する交通機関となっている。しかし日本の旧式トラックのエンジンなどを利用して組み立てられた車体は、黒煙をまき散らす大気汚染の元凶と化しているのも事実で、進化するモータリゼーションの中で化石化が一層進んでいるのが現状だ。
ジプニーの起源は第2次世界大戦で使用された米軍の軍用ジープだが、現在はその外観に面影を残すのみ。エンジンやトランスミッションなど主要部品は輸入された日本の中古車の部品が使用され、車体はフィリピンの現地メーカーが製造している。
つまりジープの外観を模しているのは昔ながらの製造工程やノスタルジー的なこだわりでしかない。すでに日本の軽トラを改造した車両を使用し、運行形態にジプニーの概念が残るだけの地域もある。
かつては派手な装飾で「キング・オブ・ザ・ロード」などと呼ばれていたジプニーだが、エアコン付きのミニバンを使った「UVエクスプレス」や「グラブ」に代表されるライドシェアの普及のほか、渋滞の悪化などの理由で「不便な乗り物」の印象が強まっているのも現状だ。
政府が17年から推進している近代化計画では、南国に必須なエアコンの設置や環境に配慮したエンジンの装備、安全面から伝統的ジプニーでは後部にあった乗降口をバスなどと同じように側面ドアとするなどの規則が盛り込まれている。つまりジプニー近代化の最大の問題点は車両の高額化で、既存の運行者や運転手がそのまま近代化車両に移行できないことにある。
伝統的なジプニーは新車でも120万円程度だが、新型車両は500万円を超えると言われる。当然この価格差は運賃にも影響すると考えられ、現在の初乗りは13ペソ(33円)だが近代化されれば50ペソまで跳ね上がるとの予測もあり、気軽に乗れる庶民の足ではなくなってしまう可能性も指摘される。首都圏の最低賃金は現在一日610ペソとなっており、往復で2割近い金額が交通費に消える計算だ。
さらに近代化計画では運行協同組合への加入が必須となっており、運転手は個人事業主ではなく従業員の扱いとなる。その結果、頑張れば一日数千ペソ稼げた収入が最低賃金に合わせられ大幅な収入減となることも懸念事項だ。生活の糧を奪われかねない状況の中、運転手の危機感も高まっており、中にはストに協力しないジプニーのタイヤをパンクさせるなど抗議活動をエスカレートさせる者まで出てきている。国内のジプニー運転手は35万人に達すると言われている。
ジプニー運行業者組合は昨年12月20日、最高裁にジプニー近代化事業の一時差し止めを求め提訴した。同組合は現行ジプニーのエンジン交換などで排ガス規制はクリアできると主張し、混乱を招いている協同組合への加入も不要だと訴えた。
混乱が続く近代化だが朗報もある。大統領広報室によるとマルコス大統領が東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議で訪日した際に、トヨタ自動車がジプニーの近代化事業に11億ペソの投資を約束したという。すでにトヨタ自動車は新しい製造ラインなどフィリピンに44億ペソの投資を約束しており11億ペソが追加される。具体的にどのような使い方がされるのかは不明だが、近代化の追い風になることは間違いなさそうだ。