再開した植林の旅 溶岩地帯に蘇る緑の風景 インドネシア・バリ島のバトゥール山麓

ボランティアと地元学生らで苗1万本

植林を行う日本語を学ぶインドネシア人学生ら
荒れた大地に植林で緑を蘇らせるNPO法人アジア植林友好協会(宮崎林司理事長)の「インドネシアバリ島植林ボランティアツアー」が再開した。新型コロナウイルス感染により中止されていたが、昨年12月に4年ぶりに実施されたもので、インドネシアの熱帯雨林を復活する旅に同行した。(小林久人、写真も)

今回、植林する場所はインドネシア・バリ島の火山、バトゥール山(1717㍍)の麓で、噴火でできたカルデラ湖(バトゥール湖)のほとりに近かった。バトゥール山は1849年の噴火から数え1974年の噴火まで9回も噴火を繰り返しており、山の中腹から黒い溶岩が覆っている。樹木はほとんどなかった。

日本からの参加者は6人で、12月8日にバリ島デンパサール空港に到着。9日、コロナ禍前の2015~17年に植林した現地状況を視察した。15年に世界日報創刊40年記念企画としてアンププ(ユーカリの一種、ユーカリユーロフィラ)の苗1000本の植林を行っている。

2015年に苗木を植えた世界日報の植林地帯

樹木を伐採して製造した紙を消費する新聞社が植林をして地球環境に貢献しようと呼び掛けて寄付を募り、植えられた苗たちは、その後どうなっているか、わが子に会うような期待が膨らむ。ゴロゴロした溶岩礫(れき)の大地にうっすらと緑が覆う風景が近づいてくる。不毛の地に植えた手のひらサイズのアンププ苗は3㍍ほどに育っていた。成長した木々が「世界日報の林」になってきたことに感動を覚えた。

植林活動を行う宮崎理事長は、06年に溶岩で150年以上も何も生えない荒れ地となったバトゥール山麓を目にした。ここの植林を依頼されたとき、「できると思いましたか」と聞いた。「できるできないではなく、やらなければいけない」。「木を植えるのは当たり前」。続いて、それが自分の「使命である」。竹を割ったようなきっぱりとした答えに信念の強さを感じた。

NPOアジア植林友好協会の宮崎林司理事長(左)と同夫人(右)

地元のパートナーの助言で07年から「植林祭」として活動をして今回が15回目となる。地元の大学で日本語を学ぶ学生10人と合流し、10日に植林に取り組んだ。インドネシアの若者との交流も植林祭のテーマだ。

植林祭のTシャツをもらい、それぞれの持ち場へ移動。足場の悪い溶岩地帯に事前に穴を掘って準備した場所があり、苗と水を用意して一つ一つていねいに植林してゆく。参加団体は20団体(高校から3校)、参加者は400人だった。バリ全土から有志が集まって来る。多くは若者と家族。親子で一緒に植林する文化ができている。

インドネシアの学生たちは日本語で「すごく楽しかった」「毎年来たい。新しい考え。植林の大切さ知る」「木を植えるのは初めてだけど良い経験になりました」「来年も参加したい」など、それぞれ感想を語った。宮崎理事長は嬉しそうな笑顔になった。

今回の第15回植林祭では1万本の植林を行った。累計で18万本、30㌶になる。植林をしている人は楽しくて笑顔になる。宮崎理事長に託された土地は200㌶あるが、20年後この大地は緑の森になり、彼らの子供たちが植林し、孫が遊んでいる。その風景が宮崎理事長の目には見えているのではないかと、バトゥール山を遠くに仰ぎながら記者は思った。

spot_img
Google Translate »