5月の総選挙で第2党にとどまったものの、親軍政党との大連立という「禁じ手」で政権樹立に漕(こ)ぎ着けたタイ貢献党は先月下旬、新党首にタクシン元首相の次女ペートンタン氏(37)を選出した。タイ貢献党主導の連立政権の課題はポストコロナの観光業復活の中、経済を本格的な上昇機運に乗せられるかどうかだ。タイ貢献党の事実上のリーダーである服役中のタクシン氏が、どういう形で復権するのかも注目される。ただ、政権運営の手綱を緩め利権あさりに終始するようなら、選挙に強かったタイ貢献党の転落が始まる。(池永達夫)
タイ貢献党の新党首に選ばれたペートンタン氏は臨時総会で演説し、「政治については父のタクシン氏から学んできた。再び貢献党を選挙で第1党にする」と意気込んだ。
だが、タイ貢献党が次の総選挙で第1党を制するには、経済という「前門の虎」と、躍進する前進党という「後門の狼」を制する必要がある。それができなければ、政権復活した今がピークで、後は「秋の日のつるべ落とし」のように、急な下り坂を転げ落ちるだけだ。
「後門の狼」となる前進党との競争では、現時点では前進党の方に分がある。
そもそもタクシン派政党は、2度の軍事クーデタで政権の座から追い落とされた後、選挙民主主義の回復を訴え、下院第1党から首相を選ぶことを主張してきた経緯がある。
そのタイ貢献党は自らが第一党でなくなった今回、仇敵(きゅうてき)であった反タクシン派のプラユット前政権与党の親軍政党と手を組み、政権与党に返り咲いた。それは政党としての懐の深さを示すものであり、長くタイの国を二分した「赤(タクシン派)と黄(王党派)」の対立から国民的和解の時代へとつながる政治的課題への挑戦でもあるのは事実だが、庶民感覚とすれば力への執着と節度のなさと映る。
それを裏付けるのは、首相選出投票の前の8月20日に国立開発行政研究院が公表した世論調査だ。回答者の約64%が、タイ貢献党と親軍派政党の連立政権樹立に反対、もしくは断固反対と答えている。
何より前進党は、選挙を戦った42歳のピター党首(当時)に代表されるように働き盛りの若い政党だ。そもそも、妥協に妥協を重ねて政党本来の目標を引っ込める野合には懐疑的だった。前進党が、最も恐れるのは支持者らから「なんだ前進党も利権にまみれる、ただの政治屋集団か」と見捨てられることだ。それより筋を通し、次の選挙で圧勝する方に賭けることになったのが前進党だ。急進的とはいえその一本気は、若者や庶民の心情を揺さぶる。
次の総選挙が来年5月以降であれば、軍関係者が多い上院議員に首相選出時の投票権がなく、第1党から首相を出すことが可能となる。
その前進党の勢いをタイ貢献党が止めれるかどうかは、ひとえにつかみ取った政権の実績をたたき出せるかどうかに懸かっている。誰もが承服せざるを得ない経済の成長軌道を確保し、周辺地域全体の経済にも恩恵をもたらしてこそ、東南アジア諸国連合(ASEAN)の盟主としてふさわしい政治力も担保できるようになる。その経済という「前門の虎」と対峙(たいじ)するための課題は自由貿易協定(FTA)の締結だ。
世界銀行の経済見通しでは、2023年のタイの国内総生産(GDP)伸び率予測は3・4%でしかない。今年に限らず、近年は恒常的にベトナムの後塵(こうじん)を拝する格好だ。ベトナム経済に追い風を送り込んだのは、FTA網の拡充だった。環太平洋連携協定(TPP)にも参画したベトナムが15件のFTAで53カ国・地域をカバーするのに対し、12年にTPP交渉への参加意向を表明したものの実現していないタイは同13件で18カ国・地域にとどまっている。結局、ベトナムの対内直接投資額は14年に、輸出額は18年にタイを追い抜いた。「ASEAN最後のフロンティア」と言われていたベトナムが、今やトップランナーに肉薄する勢いを見せるようになった。
タイがTPP交渉のテーブルから降りたのは、利権型政治家の復活があったからだ。今回も政権与党に返り咲いたタイ貢献党が、利権あさりや貧困層や農民の歓心を買うためのバラマキ政治に堕するようだと、次の総選挙では「前進党」がキャスティングボートを握ることになる。