
5月14日のタイ下院総選挙で第1党に躍進した革新系前進党やタクシン元首相派で第2党のタイ貢献党など8政党はこのほど、政策をすり合わせた覚書を締結し、連立政権樹立に向けて駒を一歩進めた。だが、8政党が組んでも政権樹立が決まるわけではない。最大の懸念材料は、軍が20回目のクーデターに打って出るちゃぶ台返しだ。(池永達夫)
総選挙後に実施される首相指名選挙は下院議員(定数500)と、軍政下で任命された上院議員(定数250)が合同で投票する。前進党を中心に8政党が連立を組んだとしても、その合計議席数は313議席。下院で過半数を占め、政権運営には問題ないが、首班指名獲得に必要な376議席には、一部幹部が支持表明している連立与党「民主党」(25議席)など他政党を巻き込むか、上院議員の“一本釣り”で残る63議席を手当てするしかない。
250議席を持つ上院議員は国軍の意向になびくものとみられ、親軍政党に不利な票を投じる構図にはなっていない。
また親軍政党2党は、前進党の政策である王室への侮辱を禁じる不敬罪や徴兵制見直しなど急進的な政策に懸念を抱き、連立合意の8政党の議員に対し切り崩し工作に動いている。
大きく動いた総選挙結果だったが、タイの政局が身動きを取れず混乱するようなら、軍はクーデターに打って出ることもあり得る。
とりわけ「首相になる準備はできている」と言うピタ前進党党首が首相就任の道を阻まれれば、情熱的支持層の若者らを中心に抗議デモが発生するのは想像に難くなく、熱を帯びれば治安当局との流血騒動にまで発展することも想定される。
その騒動がバンコクだけでなく、全国規模で国家を二分するような大騒動に増幅するようなら、軍は伝家の宝刀を抜くのにためらうことはないだろう。
とりわけ前進党の急進的な政策への、保守派からの風当たりは強いものがある。
21世紀初頭に誕生したタクシン首相をクーデターで駆逐した裏方として知られるプレーム元陸軍司令官が懸念したのは、共和制を志向しているのではと疑われたタクシン氏の腹の中だった。当時、枢密院議長の職責を担っていたプレーム氏は、立憲民主制のタイ王国の後ろ盾となって国体を守る鮮明な意思を抱いていたとされる。
今回、8党の政策すり合わせで不敬罪の見直しは合意されず、盛り込まれなかったものの、保守派の不信感は根強いものがある。
ピタ氏は8政党の政策すり合わせで覚書を交わした際、「各党は合意事項に反しない限り、追加で法案を提出する権利がある」とした上で、連立政党内で議論がまとまらない場合、前進党単独で不敬罪改正に乗り出す考えも明らかにし波紋を広げている。
ナロンパン陸軍司令官は総選挙の前、「私が司令官でいる間はクーデターはない」と述べてはいるが、わが国の首相の「解散せず」発言同様、専管事項に属する問題だ。タイの政治を見る時、政局の一角に厳然と存在する軍を忘れてはならない。ただ、タイ式民主主義の形とされる軍の政治介入は、隣国ミャンマーがクーデターで政権奪取して2年が経過する中、東南アジア諸国連合(ASEAN)の地盤沈下を招くことになるのは必至だ。






