米軍が使用可能な基地を拡大するなど中国との緊張が高まっているフィリピンで、中国企業が出資する電力会社に安全保障上の懸念を指摘する声が高まっている。電力停止などを中国から遠隔操作で行えるとの指摘もあり、政府は運営権を取り戻す可能性も示唆している。(マニラ・福島純一)
このほど行われた上院のエネルギー委員会でトゥルフォ上院議員は、国内の送電を担うフィリピン国家送電会社(NGCP)に中国企業が40%出資していることが安全保障上の脅威となる可能性があると主張した。出資しているのは中国国有送電会社の国家電網で、トゥルフォ議員は入手した報告書から、中国企業が送電システムを遠隔操作し送電を停止させることが可能だと懸念を表明した。
一方、エネルギー委員会の公聴会に出席したNGCP関係者は、中国からの遠隔操作の可能性を否定し、変電所に配置されているのはフィリピン人職員だけだと安全を強調した。
しかしホンティベロス上院議員は、中国について「西フィリピン海(南シナ海)の問題におけるフィリピンへの扱いを見ても分かるように友人には程遠い国だ」と分析。さらに中国企業が、収集した情報を政府に提供する義務を負っている可能性を指摘し、「国家安全保障上の脅威がないとは言い切れない」との見解を示した。
NGCPは親中政策を推し進めたアロヨ政権下の2009年に国営送電公社を民営化したもので、フィリピン企業2社が30%ずつ、残りの40%を中国の国家電網が出資している。契約期間は25年で延長も認められている。NGCP当局は中国企業はあくまでも技術的な支援を行っているにすぎないと主張しているが、機材を中国製に交換しフィリピン人技術者が締め出されているとのうわさも過去に浮上した。
NGCPに関する安全保障問題が浮上したのは今回が初めてではない。19年にも上院のエネルギー委員会で同様の懸念が指摘されていたが、親中派で中国からの投資を積極的に受け入れていたドゥテルテ政権下で、議論は次第に下火になってしまった。
この懸念に対し大統領府は声明で、「マルコス大統領は実態を把握するため包括的な調査や公聴会を開催するというトゥルフォ議員の提案に同意した」と述べ、さらに「必要であれば政府はNGCPの支配権を取り戻すだろう」と再び国営化する可能性を示唆した。
これに対しエスクデロ上院議員は、強引な再国有化により外国からの投資が減速する可能性があると指摘。政策の変更は不安定化を招く可能性があり、細心の注意を払う必要があるとアドバイスした。
NGCPを巡っては重要プロジェクトの相次ぐ遅れや、ビサヤ諸島で発生している大規模停電など運営に対する非難も強い。特にビサヤ諸島では毎日12時間以上の停電が続き、多くの商業施設が閉店を強いられるなど経済にも大きな打撃を及ぼす事態となっている。南シナ海での領有権問題や台湾有事をにらみ、フィリピン国内での米軍の行動をより拡大するなど、親米政策を推し進めるマルコス大統領にとって、NGCP問題は今後の中国との関係において大きな試金石となりそうだ。