マレーシア総選挙の投開票が11月19日に行われる。連邦議会下院(定数222、任期5年)の解散に伴う総選挙は与野党ともに統一候補を立てず、候補者乱立の選挙戦になる見込みだ。イスマイルサブリ首相が属する統一マレー国民組織(UMNO)は歴史のある手堅い組織票を持ち有利な情勢だが、新たに投票権を得た若年層の投票次第では新風が波乱要因となる可能性もある。(池永達夫)
UMNOはナジブ元首相が政府系ファンドをめぐる資金流用事件で有罪判決を受けるなど有力者の汚職疑惑が相次ぐ中、前倒しの総選挙で勝利し、政権基盤強化を図りたい意向だ。
総選挙の前哨戦となった3月の南部ジョホール州議会選など直近の地方選は、いずれも与党連合や与党と関係の深い政党連合が圧勝していることから、総選挙もUMNO有利と見られている。とりわけモンスーンシーズンの中での投票となるため、低い投票率が予想される中、組織票を持つUMNOに分があるとされる。それでもUMNO単独で過半数の議席を取る趨勢(すうせい)にはなく、政党議席数で首位に立ったとしても同党を中核とした連合政府樹立に動かざるを得ない模様だ。
下院解散直前に打ち出した来年の予算案に関し、イスマイルサブリ首相は「過去最大規模の23年度予算案は、国民全員が恩恵を受けることになる」と自賛。低所得者層や高齢者、一人親世帯、独身者など幅広い層への現金給付が盛り込まれただけでなく、個人や中小企業向けの減税も実施する方針で、有権者に迎合したばらまき色が濃厚なものとした。
なお野党陣営からは、97歳のマハティール元首相も出馬意向を表明しているものの、2018年の総選挙で共闘したアンワル元副首相率いる人民正義党(PKP)との不信の溝は深く、再共闘のシナリオはない。先回、共闘が功を奏し総選挙で勝利を収めたマハティール元首相が首相就任後、首相職をアンワル氏に禅譲すると約束していたものの、その約束が反故(ほご)にされたPKPの不信感は根強いものがある。
こうした状況下、不測の新風が巻き起こらないとも限らないのが有権者数増加の影響だ。
3年前の憲法改正によって選挙年齢が21歳以上から18歳以上に引き下げられたことで、有権者数は2117万人と前回18年の総選挙から4割以上となる580万人増加する。
そもそもマレーシアは国民の年齢の中央値が30歳と若く、新たに投票権を得た若年層の投票次第では新風が巻き起こる可能性は否定できないばかりか、少なくとも若い世代の動向が選挙結果を大きく左右することは必至だ。
若い世代に人気のあるサイド・サディク元青年・スポーツ相が新党、マレーシア連合民主同盟(MUDA)を結成するなど新しい政治の流れも生まれてきている。
4年前の総選挙ではSNS(交流サイト)を通じた野党支持の動きが一気に全国規模で広がったことで、これまでのマレーシア政治情勢では考えられなかった1957年の独立以来初となる政権交代が実現した経緯がある。
そうした新媒体を活用する潮流は拡大傾向を見せており、今回の総選挙でもSNSを使った新世代取り込みの動きに弾みがつくのは間違いがなく、台風の目になる可能性は十分ある。なお先回の総選挙ではマハティール元首相が、マレー版高速鉄道建築など「一帯一路」プロジェクトを推進する中国にすり寄ったナジブ元首相を批判し求心力を得たが、野党は今回、与党の汚職体質に焦点を当て、物価上昇に苦しむ有権者の不満の受け皿となることを目指す。