
フィリピンで新型コロナウイルスの感染対策で実施された長期間のロックダウン(都市封鎖)を経て、約2年半ぶりに学校での対面授業が再開された。感染状況の落ち着きを受け、ようやくこぎ着けた対面授業だが、長期にわたる遠隔授業による学力低下の深刻化や、経済難で私立学校が大量に閉鎖するなど、教育環境をめぐる問題は山積み状態にある。また学校での集団感染を懸念する声もある。(マニラ・福島純一)
教育省は約2年半という長期にわたる遠隔授業を経て、8月22日からついに公立学校での対面授業の再開に踏み切った。国内の感染状況が落ち着き、医療施設での病床圧迫もほぼ解決されたことから満を持してゴーサインを出した格好だ。教育相を兼任するサラ・ドゥテルテ副大統領は「対面授業の再開は学生にとって大きな勝利であり、コロナ禍の恐怖を克服し勇気ある一歩を踏み出した」と教育関係者を称賛した。
しかし、サラ副大統領の勝利宣言とは裏腹に、フィリピンの教育環境の問題は山積みだと地元メディアは指摘する。特に深刻なのは教室不足で、教育省の公式発表だけでも、その数は4万室に達する。実際、コロナ禍前から人口が集中するマニラ首都圏では学校の過密状態が常態化し、2部制や3部制で授業を行うところがほとんどだった。
また、コロナ禍前と違い教室では感染対策が求められ、過密状態も避けなければならないが、マニラ首都圏では1クラスの生徒数は50~60人と依然として多い。教室不足を補うため一つの教室を仕切りで二つに分割するなどの苦肉の策を講じている学校もあり、過密状態が避けられない状況だ。台風や地震で被害を受けた学校もあり、教室不足に拍車を掛けている。「憂慮する教師連盟」(ACT)は教室不足だけでなく、教師や教材の数も不十分だと指摘し教育省の準備不足を非難し早急な改善を求めている。
一方、公立学校とは逆に生徒不足で苦境に陥っているのが私立学校だ。コロナ禍による失職などの経済的な問題で、生徒の公立学校への流出が加速しているのだ。教育省によるとコロナ禍が始まった2020年以降、全国で閉鎖した私立学校は425校に達した。マニラ首都圏ケソン市では、すでに入学手続きを終えた大学が新学期直前に経済的な問題から閉校を決断し、多くの生徒や保護者に混乱が広がった。
このような教育環境の悪化が生徒の学力に与える影響も懸念される。世界銀行が2021年に発表した調査によると、フィリピンの10歳の子供の約9割が簡単な文章を読んで理解することができない「学習貧困」の状態にあることが分かった。19年の調査で学習貧困率は7割程度だったことから、ロックダウン中に行われた遠隔授業により学力がさらに悪化したと考えられている。
フィリピンでは、アキノ政権下の16年に教育改革として10年制から欧米と同じ12年制の教育体制に移行し学力の底上げを狙った。しかし、高い出生率から生徒の増加に学校が追い付かず、とりわけ公立学校の学力の低さが大きな問題となっていた。
マルコス大統領は、フィリピンが特に立ち遅れている科学・技術・工学・数学を重要視する方針を打ち出し、カリキュラムの見直しを教育省に命じる一方、インターネット言語である英語を第二言語とするフィリピンの優位性を今後も維持すべきだとの考えを示した。
独立研究機関のOCTAリサーチは、対面授業の再開で学校での集団感染は避けられないと指摘し、教室での換気を確保したりするなど感染対策の徹底を呼び掛けた。教育省によると8月までにワクチンの接種を2回終えた学生は約20%と低い数値にとどまっており、地方自治体と連携して学校での接種を実施することも検討されている。