
露孤立で中国寄り加速懸念
1920年代以降、ロシアと歴史を共にしてきた友好国の一つが、モンゴルだ。しかし、北の隣国ロシアがウクライナに軍事侵攻したことで国際社会から指弾される中、南に位置する中国との経済的な結び付きが強まることも懸念されている。二つの大国に挟まれた地政学的環境や、新型コロナ禍による経済苦境の深刻化でモンゴル外交は難局に立たされている。(辻本奈緒子)
「(軍事侵攻に対する)モンゴルの基本的立場は、沈黙を守ること。ロシアの動向は極めてセンシティブな問題だ」。70年代から外交官としてモンゴルに関わり、2011年から16年まで駐モンゴル国大使を務めた清水武則氏は、こう指摘する。
国連総会緊急特別会合で、3月2日に行われたロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議と、4月7日の国連人権理事会におけるロシアの理事国資格停止を求める決議のいずれも、モンゴルは棄権した。今月1日、モンゴルを訪問した林芳正外相とバトムンフ・バトツェツェグ外相による外相会談でも、モンゴル側は「ウクライナでの即時停戦と緊張緩和をすべき」との立場を示すにとどめた。
実際、資源の多くをロシアからの輸入に頼っているモンゴルにとって、対露外交はまさに死活問題だ。特に石油の輸入元は9割以上がロシアで、ガソリンの価格高騰は車社会の市民生活を直撃するだけでなく、万が一、輸入が止まれば経済破綻にもつながりかねない。これが「ロシアから嫌われることはやらない」(清水氏)姿勢を貫く理由となっている。

歴史を見ると、ロシアはモンゴルの恩人でもある。1911年、清朝の統治下にあったモンゴル(外蒙古)の独立政権樹立を全面的に支援したのが、ロシア帝国だった。毎年5月9日の対独戦勝記念日には、ロシア軍のパレードにモンゴル軍が参加したり、国内で記念式典を行ったりしている。今年のウランバートル市内での式典にも、ロシア大使館関係者やモンゴル防衛相らが参列した。
ただ、ロシアへの配慮はモンゴル国民に分裂をもたらしている。ウクライナ留学経験者らがロシアの侵攻への抗議デモを行った際、親露派のモンゴル人が妨害する一幕もあったという。
一方、国際舞台におけるロシアの孤立で、モンゴルの「中国傾斜」を懸念する声もある。モンゴル語教育の停止政策などで弾圧を受ける南モンゴル(中国・内モンゴル自治区)出身の女性は、「ロシアの力が弱まればモンゴル国も中国の一部になってしまうのでは」と眉をひそめる。
ロシアの軍事侵攻は、旧ソ連構成国のウクライナを「勢力圏」にとどめようとした背景がある。清水氏は、「中国も過去に清朝の統治下にあった地域を再度、影響下に取り込もうとする懸念はある」と警鐘を鳴らす。
人口約340万人の内陸国であるモンゴルの主な外貨獲得源は中国への鉱物資源の輸出で、経済的にほとんど依存していると言っていい。そんなモンゴルを中国の影響から守っていたのはロシアだったが、中国がロシアの軍事侵攻を批判せず国際的立場をサポートしている現状では、その歯止めは期待できない。
日本や米国などは協力してモンゴルを経済的に支えてきたが、ここ10年で中国からの借金額はモンゴル民主化後30年の日本からの貸付額を上回っている。
清水氏は、現在の日本ができるモンゴル支援は限られているとしながら、次のように声を落とす。
「中国に経済的に頼らずに済む基盤ができればいいが、経済のためにモンゴルが中国に依存することを選んだとしても、外国人である私たちには止める術(すべ)はない」