政教分離、宗教と芸術の葛藤
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2000年の歴史を貫く神への思い
素描を含む絵画、写真などで
キリスト教において大聖堂は信仰を象徴する場であり、神とイエスを賛美する聖なる神の館と位置付けられている。カトリック教会では神への賛美と人々の信仰心を盛り上げるための聖歌、パイプオルガン、壁画、彫刻、ステンドグラスから差し込む色彩豊かな光線が総合芸術として神への思いを高める場として2000年の歴史を貫いてきた。
西洋美術は、そこにルーツを置いており、芸術と宗教は切っても切れない関係にある。パリで2019年に大火災に見舞われた世界遺産のノートルダム大聖堂は修復を終え、12月8日に一般公開が予定されている。オルセー美術館では「大聖堂修復のための実験室」(2025年3月2日まで)の展示が始まっている。
宗教建築の修復の歴史的かつ象徴的な重要性を探求しており、19世紀の大聖堂の素描を含む絵画、写真など30点以上の作品が展示され、修復が芸術的創造に与えた影響に焦点が当てられている。大革命の時には教会権力を象徴する建造物として倉庫にされていた時期もある一方、ナポレオン皇帝の戴冠式も同大聖堂で行われ、歴史的記憶が刻まれている。
フランスが100年以上前に定めた政教分離、通称ライシテの原則は、バチカンを含む教会権力が二度と国政に影響を与えないために定められたものだ。信教の自由と共に政治への干渉を禁じるフランスのライシテは、結果的に宗教そのものを社会の隅に追いやった。芸術もキリスト教はルオーなどわずかな画家を除き、むしろ神を否定する芸術が圧倒的に増えた。
パリのノートルダム大聖堂の尖塔(せんとう)が焼け落ちた時、精神的ショックを受けたフランス人は多かったといわれるが、彼らの多くも信仰があるわけではなかったといえる。教会は人々の信仰の力で建てられているので、信仰が弱まれば建物も魂の抜け殻になる。
教会建造物は、西洋芸術を凝縮したものだ。20世紀に入っても教会内の壁画を担当したマチスやシャガールの作品は大切に保管されている。マチスは南仏ヴァンスの教会の陶板壁画とステンドグラスを担当し、自分の画業の集大成とした。シャガールはシャンパーニュ地方ランスの大聖堂のステンドグラスを担当した。
マチスにしろ、シャガールにしろ、教会からの依頼を大変光栄に受け止めたという。彼らにとって、あまりにもキリスト教信仰は身近なものであり、同時に心に最も重要な影響を与えたものだった。
現在、フランスでは新たにオープンするパリのノートルダム大聖堂の入場料を取るかどうかの論争と共に、ノートルダム大聖堂は今も信仰の対象なのか、それとも歴史記憶遺産の建造物にすぎないのかという論争が起きている。問題提起したのはモロッコの法学者で作家のアミン・エルバヒ氏だ。
彼は「フランス社会は2000年にわたるキリスト教の歴史を放棄しつつある」と指摘した。彼はアラブ系イスラム教徒の学者だが、「フランスがカトリック信仰を捨て、世俗化している原因は在仏イスラム教徒のせいではない」と主張し、「宗教から遠い仏メディアは、イスラム学者に反発している」「宗教から遠くなってしまった仏メディアは、イスラム学者に反発しているが、的を射ているかもしれない」
(安部雅延)