パリ五輪に合わせ国民議会前に設置

やり投げやボクシングのいで立ち
制作 ローラン・ペルボス
日本でもよく知られているミロのヴィーナスは、パリのルーヴル美術館に所蔵されている。ギリシャのキュクラデス諸島の南西ミロス島で農夫が発見した石の塊から紀元前130年ごろの古代ギリシャで制作された彫刻の女性像で、ヘレニズム期の傑作とされている。
このミロのヴィーナスがパリで開催したパリ五輪・パラ大会に合わせ、パリの国民議会議事堂の建物前に赤、青、黄色、緑など異なった色に塗られ、五輪競技のやり投げやアーチェリー、サーフィン、ボクシングなどのいで立ちで設置されている。
文化の厚みとフランス人の遊び心が世界最大のスポーツ・イベントに芸術的厚みを与えていると当初は称賛されていたが、今はスポーツに興じるヴィーナスを見て「クスッ」と笑うフランス人も多い。理由は7月7日の国民議会選挙で、単独過半数を占める政党がいなかったために、首相が未(いま)だに決まらず、激しく対立しているからだ。
そもそも賛否両論あっても、インスタレーション、公共アート、ストリートアートは21世紀のトレンドであり、ヨーロッパに蓄積された芸術表現を21世紀の次のステップに持っていく模索が続く中では、違和感もなかった。しかし、政治状況が前代未聞の分裂状態に陥り、それぞれのヴィーナスが異なった色を主張するダイバーシティーは明るい希望を与えていない。
パリの国民議会議事堂、パレ・ブルボン宮殿の柱廊に設置された六つのスポーツ種目を表すヴィーナス像を制作した作者のローラン・ペルボスは、スポーツの形やシンボルを作品化しており、2021年、マルセイユのル・キャビネット・ドゥリス・ギャラリーで、彼は派手でユーモラスな展覧会「見た目にも美しい」を発表している。
同年、パリの国立図書館前の広場にテニスコートの形をした「オブジェ・プレイス」で、ミロのヴィーナスの象徴的なイメージを、ラケットとテニスボールを備えた彫刻の樹脂製レプリカが設置された。
主催者によれば、世界を活気づける包括性、多様性、卓越性を称(たた)えるインスタレーションでオリンピック精神を表しているそうだ。その三つの理念で世界を一つにする基本思想が、異なった色に込められている一方、LGBTQのレインボーフラッグも念頭にあることが分かる。
今回のインスタレーションについて、国民議会議事堂側は「平等とすべての人への敬意を象徴する色を通して、オリンピズムの中心的理念を強調した」と説明している。さらにスポーツにつきものの男性的性質の固定概念を覆し、芸術と運動競技の融合に女性をモチーフとする視点を提供しているとも説明した。
ところがフランス政治を象徴するブルボン宮殿を飾る異なった色のヴィーナス像は、主催者の意図に反し、議会の混乱でダイバーシティーは互いを尊重するどころか、批判し合い、一つにはなれない状況を想起させる結果を生み、ヴィーナスたちは戸惑っているようだ。
最近、トランプ前米大統領が狙撃された事件で、ステージから降りながら、はためく星条旗を背景に拳を上げるトランプ氏の姿が、フランスの画家ドラクロワの大革命をテーマにした作品「民衆を導く女神」で、上半身裸でフランス国旗を掲げる女神の光景に似ていると指摘された。
(安部雅延)