【フランス美術事情】 パトロンが王侯貴族からブルジョワへ

「西洋美術を激変させた印象派誕生150周年」

「没入型仮想現実展『印象派との夕べ』にて、ル・アーブルのホテルのベランダから昇る太陽を描くモネ」 Excurio-GEDEON Experiences-mus ed’Orsay

大衆に絵画が浸透し始め画家が「芸術家」を意識

日本でもファンの多い印象派が西洋美術に決定的方向性を与えたのは、教会や王侯貴族の依頼で制作を行う職人的性格が強かった画家たちが「芸術家」を意識し始めたことにある。産業革命でブルジョワが画家のパトロンになり、大衆化が進み、王侯貴族しか手にすることがなかった絵画が大衆に浸透し始めた時代と重なる。

パリのオルセー美術館では、印象派が生まれて150年経(た)つのを記念して、同美術館所蔵の178点の作品が、フランス全土で一般公開されている。まずは57点の作品が仏北部トゥールコアンの美術館で「モデルとしての自然」展(6月24日まで)が開催中で、パリ・オルセー美術館では「パリ1874年、印象派の発明」展(7月14日まで)を開催中だ。

クロード・モネ(1840~1926年)、オーギュスト・ルノワール(1841~1919年)、アルフレッド・シスレー(1839~1899年)、印象派の開拓者、カミーユ・ピサロ(1830~1903年)は、同世代の偉大な足跡を残した画家たちだが、当初は古典的具象絵画中心のパリの権威的官展サロンからは出展を拒否され、軽薄な感覚的な「壁紙」と軽蔑された。

時は都市化が進み、都市に住むようになった人々は、生活環境に自然を取り入れるため、過去のいかなる時代よりも自然、特に風景画に人気が集まった。日本でも人気の高いバルビゾン派を代表する『晩鐘』のジャン=フランソワ・ミレー(1814~75年)は、信仰的人物で印象派の一世代前の画家で風景画の巨匠となった。

フランスに19世紀後半から、野心を持った才能あふれる芸術家が集まるようになったのは、政治的自由があっただけでなく、ヨーロッパで最も美しいと言われる自然に恵まれていたことは日本ではあまり知られていない。バルビゾン派の登場は油絵の具をチューブに入れて野外に持ち出せるようになったことも関係している。

野外に解き放たれた画家たちは、自然から受ける感動を、どう表現すべきか暗中模索した。印象派の先駆者と位置づけられるカミーユ・ピサロの「菜園、花の咲く木々、春、ポントワーズ、1877年」は、まさに印象派の感性を代表するものだった。もう一つ忘れてはならないことは、印象派の誕生には当時欧州を席巻したジャポニスムの影響があったことだ。

ピサロが風景から読み取る情報量はあまりにも多様なので、作品は色彩、光、奥行き、立体、動きまで捉えた臨場感あふれるものだった。それは過去の画家たちに要求された見たままに描く写実絵画にも共通する自然というモチーフから感じ取る研ぎ澄まされた視覚の感性が表現を変えて表されたものだった。

一方、同展に合わせ、オルセー美術館では「印象派との夕べ」(8月11日まで)と題した没入型の探検展を開催しており、印象派の芸術運動の主要アーティストに出会う仮想空間を体験できる。モネがル・アーブルのホテルのベランダから昇る太陽を描いている姿が描かれ、鑑賞者もモネとともに日の出を見ながら、絵を描く追体験ができる。

(安部雅延)

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