独裁者がこだわる美術品略奪の歴史
ユネスコが危機を訴える

ロシアのプーチン大統領がウクライナから手に入れたいのは主権だけではない。かつて20世紀の大戦争でヨーロッパを席巻したドイツのナチスを率いるアドルフ・ヒトラー同様、ウクライナの美術品や文化財にも手を伸ばそうとしている。
一時は画家を目指したヒトラーは、1933年から45年にかけて略奪した絵画、彫刻、タペストリーなどの美術品は約60万点にも上った。今回はウクライナが保有する10万点以上の作品がロシアによって略奪されたといわれている。
パリに本部を置く国連教育科学文化機関(ユネスコ)がウクライナの文化遺産保護のために送り込んだイタリア人の専門家、キアラ・デッツィ・バルデスキ氏。彼女のミッションは、同国の文化財保護だけでなく「ウクライナが保有する作品リストを早急に作成すること」と言っている。
ユネスコは今年2月、ウクライナの現状を明らかにした。それによると2022年2月24日以降、今年2月15日までのウクライナ危機による被害は、宗教施設105、美術館18、歴史的または芸術的評価のある建物86、モニュメント19、図書館12など、計240カ所に上るとしている。
ユネスコはパートナー組織と共に武力紛争の際の文化財の保護に関する1954年のハーグ条約に従い、衛星画像解析を含む独自のデータ収集メカニズムを利用し、被害状況を把握しているが正確とはいえないことを認めている。ウクライナのトカチェンコ文化情報相は昨年12月末時点で「破壊された文化施設は1000カ所以上」と述べた。
フランスは、この1年間、全国各地でウクライナ支援の展覧会などのイベントで支援活動を継続してきた。スペインは11月中旬にキーウ(キエフ)のウクライナ国立美術館から約70点の絵画をマドリードのティッセン・ボルネミッサ美術館に退避させ、ウラジミール・バラノフ・ロッシネの作品「アダムとイブ」などを展示中だ。
ユネスコも戦争によって破壊された遺産の修復支援のために2017年に設立された国際同盟(ALIPH)と連携し、ロシアがウクライナ侵攻した数日後、博物館や図書館などの文化施設に対して金属製の箱と気泡緩衝材を送り、作品を梱包(こんぽう)した結果、キーウへの昨年10月のロシアの空爆でも約2万5000点の作品が守られたと報告している。
ただ、冬の到来とともに公表されない国内の保管場所にある作品が、暖房なしの低温状態にさらされ、結果、破壊、劣化、略奪を避けるため、国外移送を余儀なくされている。
昨年2月末、国民的画家でピカソも称賛した素朴派のマリア・プリマチェンコの25枚の絵画が所蔵されていた首都キーウの北西に位置するイヴァンキフ市の郷土史博物館が、真っ先に空爆し破壊されたのもウクライナ人のプライドをくじくためだったと見られている。
フランスでウクライナ文化財保護に当たる専門家らは「過去の戦争の経験から、ウクライナの文化芸術の多様性を守ることは非常に重要だ。たとえ高いリスクを伴っても、ウクライナの芸術作品を国外に持ち出すことが、現時点での最良の選択肢だ」と指摘している。
(安部雅延)





