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欧米で拉致監禁は終息


“拉致監禁”の連鎖(205) パート
「青春を返せ裁判」法廷証言から(5)
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アイリーン・バーカー博士へのインタビュー記事を掲載したサンデー世界日報(平成12年3月26日号)

 「ディプログラミング(強制棄教)は、かつてあったが、ここ7年ほどはなく『脱会カウンセリング』『思考矯正カウンセリング』という形に変わってきています。これはプレッシャーを与えないが偏った情報を提供して改宗を促すというものです。肉体的に拉致し強制改宗を迫るディプログラミングは極めてまれです」

 世界的に知られる宗教社会学者のアイリーン・バーカー博士(ロンドン大学教授)が、米国のディプログラミング(強制棄教)の状況をサンデー世界日報に語った内容がある(平成12=2000年3月26日号)。

 米国では1995年にワシントン西部地方裁判所が、拉致された原告の公民権侵害の被害を認めて3人のディプログラマーに300万ドル、反カルト団体のCANに100万ドルの支払いを命じた「ジェーソン・スコット事件」判決が出た。その後、CANは解散しディプログラミングは事実上、なくなった。

 バーカー博士の発言は、これらの事実を踏まえたものだ。

 米国では強制棄教事件が終息に向かいつつあった1990年前半、日本では拉致監禁による強制棄教が盛んに行われていた。「青春を返せ裁判」の原告の口からさえ、拉致監禁の事実が次々と語られたのは、そんな背景を抜きにはちょっと考えられない。

 平成2(1990)年、訴訟を起こした15人の原告のうちの1人、植松由美さん(仮名)は、被告人代理による反対尋問(平成11年12月14日)で次のように証言した。

代理人 あなたはお父さんというか、家族に監禁されましたよね。監禁。

植松 救出ですね。

代理人 一カ月ぐらいマンションにいたんですか。

植松 はい。

代理人 自分の部屋から出入りは自由でしたか。

植松 いいえ。

代理人 鍵かかっていましたね。部屋に。

植松 はい、窓から私が飛び降り自殺をしないように鍵をかけててくれました。

代理人 それもあるし、自由に出入りできなかったでしょう、部屋から他の部屋には、自由に出入りできましたか。

植松 他の部屋というか、外には出られない状態でしたけれども。

代理人 マンションの何階にいましたか。

植松 七階だったと思います。

(中略)

代理人 (統一教会への)入会はいつ両親に話したんですか。

植松 話してなかったと思います。

代理人 じゃあ、あなたが保護されたというのは、何で、だれかがかばったわけ。だれかから通報があったんですか。

植松 私より先に救出された人が親に連絡してくれました。

(中略)

代理人 保護されたときは、あなたが脱会ということを決めなければ、ずうっと保護すると言われていたんでしょう。その保護を解かないということを言われているんでしょう、脱会するまで。

植松 統一協会を脱会しないと。

代理人 するまでずうっと保護すると言われていたんでしょう。

植松 言葉では言われてなかったと。

代理人 言われてなくても、そういう雰囲気でしょうね。

植松 はい。

(「宗教の自由」取材班)