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子育ても人生の実績だ


 今年の母の日は特別だった。人生で初めて経験した母がいない母の日だったからだ。

 それほど親孝行とは言えない筆者でも、母の日に何を贈ろうかと悩みながらデパートを探索したり、妻とああだこうだ言いながら、プレゼントを決めたりした思い出はあるし、忙しさにかまけて何もしないままその日が過ぎてしまったことも少なくない。

 そんな、ときめきも悩みもなく母の日が過ぎ去って少しして、今度はここ2年近く病床に伏していた韓国の義母がこの世を去った。

 先の大戦後の光復(解放)間もなく勃発した6・25戦争(朝鮮戦争)で荒れ果てた韓国の、しかも南海に近い田舎の農村で、末っ子の妻を含め男3人女2人の子供を育て上げるのは、想像を絶する苦労があったはずだ。

 それでも、いつも陽気に娘婿の筆者に対してくれたのは、本当にありがたかった。もっと方言の利いた言葉が分かったら、面白く話すことができたのにと思うと、申し訳ない限りだ。

 父と母の世代の親族はほとんどがこの世を去り、いよいよ次はわれわれの世代が逝く番という時になって思うのは、人生あと何年生きて何を残すかということだ。

 若い時にもそれなりに人生について考えたことはあるが、いかにも観念的だった。今はあまりにも具体的だ。選択肢も限られている。

 もちろん仕事で実績を残すことは重要だ。しかし、中央官僚トップの元事務次官が長男を殺害せざるを得なくなるような事件を目の当たりにすると、仕事の能力だけでは計り知ることができない親子の複雑で微妙な問題が、人生で大きな部分を占めていることを改めて実感させられる。

 5人の子供を育て、全員が結婚し、13人の孫がそれなりに育っている中でこの世を去った義母は大きな実績を残したと言える。

(武)