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死語となった「旗日」


 10連休の中で最初の祝日「昭和の日」。原稿書きの手を休め、会社周辺の住宅地を歩いてみた。帰省する人や海外旅行に出掛けた人が多いだろうから、静かで散歩にうってつけだと思ったのだ。

 40分余り歩く中で、気になったことがある。目にした「日の丸」が、旧家とおぼしき家の門に掲げた一棹(さお)だけだったこと。祝日はかつて「旗日」と言われ、多くの家庭が門戸に国旗を掲げた。筆者もそんな家で育った。

 国旗を掲げる家の減少は、今に始まったことではないが、単なる祝日ではなく御代替わりの時である。それなのにたった一軒とは……。

 連休後半、単身赴任先から妻の住む山口県に帰った。国旗の掲揚を忘れていた妻に代わり、玄関先に掲げた後、体を動かそうと思い自転車で街を一回りした。保守的な土地柄だから、かなりの「日の丸」を期待したが、掲揚していた家庭は、ほんの数軒だった。

 さすがに神社では、二棹の国旗を交差させ本殿に掲げていたが、意外だったのは、複数あった寺がいずれも掲揚していなかったこと。文化・伝統の継承の要であるべき寺までが時流に流されるとは……。

 予想通りだったのは、鯉のぼりが少なかったこと。少子化の波は歴然としていた。「みどりの日」(5月4日)、民放テレビの教養バラエティー番組で、こんなシーンがあった。

 門戸に付けてある国旗のポールを挿す金具の写真を見せながら、「これは何か」と、司会者が質問した。しかし、スタジオの若いタレントたちは分からない。

 司会者が、祝日は「旗日」と言われたことなどを説明しても、若手たちは初めて聞いたという顔。中には「(金具は)いつごろまであったのですか」と、逆に質問する女性タレントもいて、「旗日」が死語となった悲しい現実を思い知らされた。

(森)