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命を守る東日本大震災の教訓を次世代・全国に


 宮城県松島町に、東日本大震災の記憶と教訓を企業・組織の防災・減災および安全対策に生かすための情報発信・研修等を行う一般社団法人「健太いのちの教室」がある。田村孝行さん(61)と妻の弘美さん(59)が、同県女川町を襲った津波で、長男の健太さん=当時25歳=を失ったことをきっかけに、命を守る教訓を次世代に全国に伝えたいという思いから、令和元年11月に設立した。(市原幸彦)


宮城県松島町「健太いのちの教室」の田村夫妻が発信

命を守る東日本大震災の教訓を次世代・全国に

専修大学法学部の学生らとオンライン学習を行う「健太いのちの教室」の田村夫妻=健太いのちの教室提供

 教室があるのは、のどかな里山を望む民家の一室。弘美さんの実家の空きスペースを生かした。教室の壁には幾つもの写真が掲げられている。破壊された町、祈る人々、アルバム、高台への避難を呼び掛ける看板……などだ。

 「現地での語り部講話・ガイド」「出張での語り部講話」「オンラインでの語り部講話・ガイド」「ワークショップ・体験学習」などが震災復興プログラムだ。対象は企業、学校、地域で、特に若い世代へ伝えていくことに力を入れている。被災者家族会としての活動も行い、阪神・淡路大震災や日航機墜落事故の被害者・遺族たちとも連帯を進めている。

 震災当時、健太さんは女川町の中心にあった七十七銀行女川支店に勤務していた。地震が起き、2階建てだった支店屋上に避難したが、従業員12人と共に津波にのみ込まれた。支店から歩いてすぐにある高台に逃げていれば助かったはずの命だった。

 「自分の仕事に誇りを持っていた息子の命を無駄にしたくない」との思いから、平成24年「健太いのちの教室」と名付けた伝承活動を始めた。「企業・学校・地域一般の方々も津波の知識を保持していれば多くの方々の身体・生命は守れた。有事に対する危機意識・危機管理の理念を高め、事前の備えが必要不可欠であることを、企業防災としてお伝えしています」と田村さん夫妻は熱く語る。

企業・学校を対象に講演、コロナ禍でオンラインも駆使

命を守る東日本大震災の教訓を次世代・全国に

「健太いのちの教室」のワークショップに参加する専修大学法学部の学生ら=健太いのちの教室提供

 地道な活動によって活動は少しずつ知られるようになり、各団体、企業、大学、小中校への講演活動も多く行ってきた。平成29年には、日本学術会議総合工学委員会主催の安全工学シンポジウムで講演、論文投稿も行った。こうした活動を基に令和元年に法人化した。

 昨年、会社を早期退職して4月から活動に専念。新型コロナウイルス禍が襲う中、昨年7月、防災の専門家らをゲストに招くオンライン学習会「まなびの広場」を始めた。

 昨年12月、専修大学法学部(東京・神田)の学生らとワークショップを行った。孝行さんは「学生さん一人一人が防災を自分のことと捉え、自分の命を守るために何をすべきか真剣に考えていただいた。就活においても新しい視点で取り組みたいといった好意的意見などもあり、次世代の方々に自らあるべき企業の姿を形成していただけると感じた」と手応えを感じている。

新たな伝え方を模索、「生きている限り伝えたい」と意欲

 被災現場の撤去や取り壊しが進み、実体験として語れる人も少なくなっている。その上、コロナ禍で研修参加者は激減した。その一方で、修学旅行でより時間をかけて、じっくり学ぶ学校も増えているという。「新たな伝え方が模索されている。改めて伝承の意義を捉え直す必要がある」と孝行さん。

 夫妻は、教室の隣に「健太いのちの農園」を設けている。学びに訪れる若者たちや子供たちが、農作物の栽培や収穫に汗を流せる。まさに大地に根を下ろした活動だ。「お茶っこ」もできる。「人が生きる上で環境や自然、そして人との関わり、コミュニティーがとても大切なことだと改めて実感した」からだ。

 夫妻は「健太と3人でやっている活動なんだなと、最近思えるようになってきた。やれることを一つずつ。10年、さらに10年。生きている限り伝えていきたい。復興と記憶の風化は隣り合わせだ。だからこそ、伝え続けていかないと」と意欲を見せている。