蒸気機関車の引く列車に乗って夜空を駆け巡る旅に出る。なんともロマンチックで夢のある話ではないか――。

宮沢賢治の童話作品『銀河鉄道の夜』は、孤独な少年ジョバンニが友人カムパネルラと銀河を旅しながら、途中の停車駅で乗り込んでくるさまざまな旅人との出会いと別れを描いた物語である。そこには賢治が関心を抱いていた科学・宇宙・宗教などへの思いが込められ、賢治の人生観、死生観などが色濃く反映されていて、童話の域を超えた普遍的価値を持つ作品となっている。
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銀河鉄道の旅は、銀河ステーションを出発して、銀河に沿って北の十字架とも呼ばれるはくちょう座を経て、サウザンクロス(南十字)で終わる。白鳥の停車場に着く前、車窓からは輝く白い十字架が見えてきて、車室の旅人たちが黒いバイブルを胸に当てたり、指を組み合わせてそちらに向かって祈りを捧(ささ)げるという場面がある。

さらに南十字星に近づくと今度は天の川の川下に、あらゆる光でちりばめられて輝く十字架が現れて、旅人たちは皆立ち上がって祈り「ハレルヤ、ハレルヤ」と楽しそうに声を上げる。そして汽車はその十字架のちょうど真向かいに行って止まる。
旅人たちが下車して天の川の方へ行くと、その天の川を渡って一人の「神々しい白いきものの人」が手を伸ばしてこっちへ来るのをジョバンニとカムパネルラは見る。この「白いきものの人」とはイエス・キリストとも解釈でき、さらに作中には時折、讃美歌が聞こえる場面が織り込まれるなど、多出するキリスト教的描写からは賢治がキリスト教に深い関心を寄せていたことが分かる。
ちなみに、この讃美歌は作中では番号が空白となっていて、どの歌なのかは分からないのだが、状況からして「主よみもとに近づかん」だとされている。この歌は1912年、英国の豪華客船タイタニック号が氷山に激突して沈没する際、沈みゆく船上で同船のバンドメンバー(沈没で全員犠牲)が演奏したといわれるものだ。作中にはこのタイタニック号沈没の犠牲者と思われる旅人も登場し、死者との遭遇も描かれるなど、時間と空間を超越した「あの世」を旅した物語とも言える構成となっている。
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賢治の家は浄土真宗だったが、18歳の時法(ほ)華経(けきょう)に出合い、その魅力に取りつかれ、法華経への信仰は生涯続いた。作中それを感じさせるくだりがある。
<こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です>と乗客の一人がジョバンニの切符を見て驚く場面がそれだ。ジョバンニが切符としてポケットから出した紙切れには、見ているとその中に吸い込まれてしまいそうな「おかしな十ばかりの字」が印刷されていた。研究者の間でも諸説あるが、その「おかしな十ばかりの字」とは、賢治の愛読書『漢和対照 妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)』の表紙に書かれていた「妙法蓮華経」を意味するサンスクリット語、との説がしっくりくる。妙法蓮華経をサンスクリット語にすると10から11字程度の音節文字になる。賢治は、広大な宇宙と過去・現在・未来を貫く真理を説く妙法蓮華経を、「ほんとうの天上へ」と導く切符として表現したに違いない。
旅も終わりとなる頃、ジョバンニとカムパネルラは次のような会話を交わす。
<カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼(や)いてもかまわない><けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう><僕わからない>
賢治は37歳という短い人生の中で、さまざまな分野で真理を探求し、本当の幸いを追求した。その思いの集大成が『銀河鉄道の夜』とも言えるだろう。
『銀河鉄道の夜』は未完の原稿である。賢治は死の直前まで推敲(すいこう)を重ねていたといわれ、その原稿を枕元に他界した。
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『銀河鉄道の夜』は岩手軽便鉄道(現在のJR釜石線)をモチーフにしたともいわれる。JR東北本線花巻駅からJR釜石線で30分ほどの宮守(みやもり)駅付近には5連アーチが美しい「めがね橋(宮守川橋梁(きょうりょう))」があって、有名な観光スポットとなっている。以前はC58形蒸気機関車が牽引(けんいん)する「SL銀河」が走っていたが、車両の老朽化のため2023年に定期運行を終了した。隣接する道の駅みやもりには「レストラン銀河亭」や、釜石線の歴史と宮沢賢治の銀河鉄道の夜の世界の魅力を写真や展示資料で伝える「SL銀河ステーション」があり、多くの鉄道ファンや宮沢賢治ファンが訪れる。

賢治ゆかりの地、花巻市にある「宮沢賢治記念館」では、科学・芸術・宇宙・宗教・農の5部門に分け、賢治の作品表現や事績の具体像を紹介しており、賢治の思想や世界観を知る上で見応え十分な展示内容となっている。隣接する「宮沢賢治イーハトーブ館」は、関連の資料や書籍、情報を収集・展示・販売していて、研究者や愛好者の誰もが利用できる拠点施設。来館時は花巻市在住の作家による、賢治の作品をモチーフとしたステンドグラス作品展が開催されていた。
賢治は教諭を務めていた花巻農学校を30歳の頃に退職し、羅須(らす)地人協会を設立して自ら農業を実践し始めた。その時期に書いた芸術論『農民芸術概論綱要』という理論書がある。その結論に「永久の未完成これ完成である」と賢治は記した。未完の『銀河鉄道の夜』、それこそが図らずも賢治の世界観が凝縮された「完成」形となったのだと言えるかもしれない。
(長野康彦、写真も)
作品紹介
『銀河鉄道の夜』

宮沢賢治の童話作品。孤独な少年ジョバンニが友人カムパネルラと列車で銀河を旅する物語。初出は1934(昭和9)年刊行。初稿が書かれたのは1924(大正13)年で、1933(昭和8)年に亡くなるまで推敲が重ねられた。科学や宗教など賢治の世界観が込められた未完の傑作。世界各国の言語に翻訳され親しまれている。1985(昭和60)年、劇場公開された杉井ギサブロー監督によるアニメ映画や、松本零士氏の漫画『銀河鉄道999(スリーナイン)』に代表されるように派生作品も数多い。





