トップ文化旅・レジャー人生の些事を愛おしむ 新宿駅西口の昭和の薫りー庄野潤三『秋風と二人の男』

人生の些事を愛おしむ 新宿駅西口の昭和の薫りー庄野潤三『秋風と二人の男』

 庄野潤三の短編『秋風と二人の男』は、そろそろ初老に差し掛かった二人の男が東京のターミナル駅の近くにあるデパートの地下レストランで飲食をするという、それだけの話である。しかし、作家の永井龍男は「庄野潤三という人は、日本の作家が誰も持っていない境地を切り開いた」と言い、この作品に「神品」と最大級の賛辞を贈っている。
蓬田と友人が会食したレストランのあった新宿西口ハルク
蓬田と友人が会食したレストランのあった新宿西口ハルク

 9月に入り、蓬田(作者自身と思われる)は友人の芝原と会食のため家を出ようとするが、まだ少し時間があるので、台所で妻が夕食用に巻きずしを作るのを見ている。その様子が細かく描かれる。

 <机の上には、一つづつ別々に煮た具がそれぞれのお皿にのっている。高野豆腐がある。椎茸がある。干瓢がある。…細君の指は、それを順番につまみ上げて、御飯の上に揃えてゆく。干瓢は寸法が長いので、御飯の上を一往復して収まる。…>

 細君が少し食べて行くことを進めるので、蓬田は一切れ口に入れ、「うまい」と言う。「もう少しどうぞ」の細君の言葉に、「いやもういい」と答えるが、そういえば芝原は2年前に妻を亡くし、今は高校3年の娘と二人きりで暮らしていることを思い出す。酒を飲んでいる間にいい時を見計らって、二人でつまむ事にしようと、出来の良い巻きずしを1本包んでもらい、それを持って家を出る。

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薘田が上着を取りに家へ引き返すのを諦めさせた小田急線・生田駅近くの坂道
薘田が上着を取りに家へ引き返すのを諦めさせた小田急線・生田駅近くの坂道

 約束の時間に30分も早く着いた蓬田は、待ち合わせ場所の百貨店の前の舗道に立ち、道行く人々を眺めている。少し肌寒さを感じ、「上着を着て来ればよかった」と悔やむ。実は家を出て少し行った時に、上着の事を思ったのだが、急な崖の道を下り切っていたので、そこを駆け上がるのは無理だと諦めたのである。

 やがて友人の芝原がやって来て、二人でビア・レストランに入る。エビの串焼きなどを肴(さかな)にビールを酌み交わす。話す事といえば、芝原が、最近フランスパンを食いちぎろうとして入れ歯が欠けた事、蓬田は、夏休みに家族で海水浴に行った事など、ごく平凡な話だ。

 庄野は、こんな誰にもあるような日常生活の些事(さじ)を、会話の微妙なニュアンスを生かしながら丁寧に描き出すことで、一つの作品世界を作り上げた。一見どうということもないように見えるが、その根底には家族や友人らと共に暮らす人生を愛おしむ心がある。永井龍男が言う「日本の作家が誰も持っていない境地」とはこのことだろう。

 蓬田が家から持ってきた巻きずしはテーブルの上に置かれるが、それが食べられたかどうか分からずに物語は終わる。読者としては少し気になり、それが後を引く余韻となる。

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川崎市生田の庄野潤三邸の書斎。ここから幾つもの名作が生まれた
川崎市生田の庄野潤三邸の書斎。ここから幾つもの名作が生まれた

 友人・芝原のモデルは、小説家で英文学者の小沼丹(おぬまたん)であることはよく知られている。庄野は小沼丹の随筆集『小さな手袋/珈琲挽き』(庄野潤三編・みすず書房)の解説で、小沼は自分にとって「風雅の友」であり「飲み友達」であったと言う。続けて「ひところ、よく新宿のデパートの前で待合わせて、地下に新しく出来たビアホールへ二人で入った」と明かしている。

 小沼の「のんびりした話」という随筆には、そのビア・レストランは小田急百貨店の地下にあった 「ニユウ・トウキヨウ」と書かれている。

 新宿駅西口に小田急百貨店が開業したのは昭和37(1962)年11月。本館は昭和42

(1967)年に完成した駅ビルに移るが、元の建物は小田急ハルク(現新宿西口ハルク)として現在も営業している。その新宿駅西口は現在、大規模再開発工事の真っただ中。本館の駅ビルは取り壊され地上48階の超高層ビルの建設が予定されている。

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 新宿西口ハルクの建物は地上8階、地下3階だが、外観は一昔前のビルの佇(たたず)まいをしている。地下にはレストラン街があり、別のビアホールが営業している。舗道に面した1階には、昭和の雰囲気を濃厚に感じさせる喫茶店がある。外から覗(のぞ)くと結構客で賑(にぎ)わっている。

 その2軒ほど隣に甘味処の店があった。ちょうど小腹もすいていたので入ってみると、ここも昭和レトロの薫りが漂っている。田舎汁粉を注文して周りを見てみると、中年の女性たちのグループ、男女のカップル、隣のテーブルでは若い男性2人連れが、クリームあんみつやドラ焼きを美味(おい)しそうに食べながら談笑している。新宿駅西口にこんなに昭和の薫りを残す一画があるとは驚きだ。

 こうして『秋風と二人の男』の舞台を訪ねてみると、この短編には、昭和的なものが幾つも漂っていることに気が付くのである。

(特別編集委員・藤橋 進、写真も)

 『丘の明り』筑摩書房

『秋風と二人の男』筑摩書房
『丘の明り』筑摩書房

 昭和40年11月号の「群像」に発表された。昭和42年12月、筑摩書房刊の短篇集『丘の明り』(写真)に収められる。9月のある日に、初老の男性がデパートの地下にあるビア・レストランで会食をする話。主人公が家を出る前の妻とのやりとり、出てから友人と落ち合うまで、そして会食しながらの会話など、平凡な出来事の中にある面白みや味わいを描き出している。

 作家の阪田寛夫は作中に、主人公が背広を着て来なかったことについて長々と思い悩んだりする件や、巻きずしの作り方についての詳しい記述があることを挙げ、「こういう事柄をここまで腰を据えて面白く書く小説家を、私は見たことがない」(『庄野潤三ノート』)と評している。同書で「この時期は、自分に面白いことはのびのび生かして――節度と技巧の工夫は要るが――存分に書いてみようという気になっていた」という作者の言葉を紹介している。

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