トップ文化旅・レジャー敗戦でも滅びぬ日本の美ー川端康成『山の音』

敗戦でも滅びぬ日本の美ー川端康成『山の音』

人々の思い 鎌倉の四季重ね

日本の敗戦の悲しみに沈んでいた川端康成は昭和24年、再び本格小説の筆を執り、『千羽鶴』と『山の音』の2作に取り掛かった。どちらも名作の誉れが高いが、特に『山の音』は、「戦後の日本文学の最高峰に位するもの」(新潮文庫、山本健吉解説)とまで言われる。
『山の音』の舞台となった旧川端康成邸付近。裏山の上に甘縄神明神社がある
『山の音』の舞台となった旧川端康成邸付近。裏山の上に甘縄神明神社がある

鎌倉に住む初老の会社重役、尾形信吾と妻保子、息子で同じ会社で働く修一と嫁の菊子の4人暮らし。修一は東京に愛人を作り、それに苦しむ菊子に信吾は同情を寄せ淡い愛情すら抱いている。そこへ娘の房子が2人の子供を連れて出戻って来る。

修一の愛人との手切れ、夫への反発から黙って堕胎(だたい)してしまった菊子のことなど、難しい問題に対処する信吾の思いを軸に話は展開する。それが四季の移ろいの中で語られていく。

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8月のある月夜、家人が寝静まる中、信吾はむし暑さから雨戸を開けて外を眺めていると、山の音を聞く。

<鎌倉のいわゆる谷(やと)の奥で、波が聞える夜もあるから、信吾は海の音かと疑ったが、やはり山の音だった。…音がやんだ後で、信吾ははじめて恐怖におそわれた。死期を告知されたのではないかと寒気がした>

この一節には、横光利一や菊池寛など盟友の相次ぐ死に遭遇した川端の当時の心が反映されていると言われる。この不安な気分は通奏低音のように響いていく。

もう一つこの作品に影を落としているのが戦争の傷跡だ。外地に出征した息子の修一は、心に深い傷を負って帰って来る。愛人の絹子は戦争未亡人である。

川端は昭和22年に発表した『哀愁』と題する随筆で書いている。「敗戦後の私は日本古来の悲しみのなかに帰つてゆくばかりである。私は戦後の世相なるもの、風俗なるものを信じない。現実なるものをあるひは信じない」

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信じられるものは「日本古来の悲しみ」であるという。川端の場合、悲しみは美に結び付く。『山の音』の美しさは悲しみと切り離せない。初老の主人公の信吾の心をよぎる屈託と憂愁、夫の愛を信じられない菊子の悲しみ。修一との間にできた子供の堕胎を求める信吾に対して、凛(りん)とした態度で断った絹子の言葉も悲痛で美しい。

「戦争未亡人が私生児を産む決心をしたんですわ。…お慈悲ですから、見のがしていただきたいわ。子供は私のなかにいて、私のものですわ」

このような話が、季節ごとの風物を織り交ぜて語られていくのである。終章「秋の魚」では、家族が夕食に出た3尾の鮎を分け合って食べる場面がある。少しずつ立ち直った家族の夕餉(ゆうげ)の情景で物語は終わるが、季節ものの「落ち鮎」が実に効果的だ。

四季の移り変わりの中で人事が語られ、そこに「もののあわれ」を表現してきた日本文学の伝統が、現代小説の中で見事に開花した作品である。戦いに敗れても日本の美は滅びないという、そんな川端の強い信念がこの小説には込められている。

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鎌倉市川端康成 関連地図
鎌倉市川端康成 関連地図

江ノ電・長谷駅を降り、大通りを鎌倉大仏の方に向かって歩いた。『山の音』の舞台となり執筆場所ともなった鎌倉市の旧川端康成邸は、大仏からそう遠くない住宅街にある。一般公開はされてはいないが、主人公がその音を聞いた山がすぐ後ろにある。小さな山で、石段を上ると甘縄神明(あまなわしんめい)神社がある。長谷の鎮守で鎌倉最古の神社と言う。

作品に鎌倉の名所はほとんど出てこないが、唯一の例外が大仏のある高徳院だ。「春の鐘」の章で、信吾が房子と孫の里子と連れ立って稚児行列を見物に行く場面がある。

高徳院の鎌倉大仏。外国人観光客に人気だ
高徳院の鎌倉大仏。外国人観光客に人気だ

せっかくだから大仏様を拝んで行こうと高徳院に入った。青い空と緑濃い山を背景に、ややお顔を下向きに座しておられる。外国人観光客が多い。大仏を観(み)て嬉(うれ)しそうに記念写真を撮っている。この鎌倉大仏が外国人観光客にも人気なのは、一つには与謝野晶子が歌ったように、なかなかの美男子であることも一役買っているのではないか。

作品にも出てくる与謝野晶子の歌碑
作品にも出てくる与謝野晶子の歌碑

境内には与謝野晶子の「かまくらやみほとけなれど釈迦牟尼は美男におわす夏木立かな」の歌碑もある。作中、川端はこの歌について、「大仏は釈迦じゃないんだよ。実は阿弥陀(あみだ)さんなんだ」と信吾に語らせている。

章の終わりで、里子が稚児姿の女の子のおべべをつかもうとし、逃げようとした女の子が転んで危うく車に引かれそうになる。ちょっとした挿話ではあるが、着物を着せてもらった事のない里子の悲しい境遇が伝わってくる。

そんな椿事(ちんじ)の舞台となった大仏通りは、沢山の外国人観光客であふれていた。

(特別編集委員・藤橋 進、写真も)

 川端康成『山の音』

川端康成「山の音」
川端康成「山の音」

中編小説。「改造文芸」昭和24年9月号に発表され、以後各誌に分載され「オール読物」昭和29年4月号で完結。同年4月、筑摩書房刊。初老の会社重役とその家族が、確かな人物造形のもと、心理の繊細な襞(ひだ)までが描かれる。

「山の音」から始まり「秋の魚」で終わる17編が一つ一つ独立した短編でかつ全体を構成する。文芸評論家の山本健吉は「連句の一句々々のような、あるいは絵巻物の一齣々々のような役割を担わされている」と言う。

昭和26年度芸術院賞、第7回野間文芸賞を受賞。海外では昭和46年、E・サイデンステッカーの翻訳により全米図書賞翻訳部門を受賞。平成14年にはノルウェー・ブック・クラブ発表の「史上最高の文学100」に、近代日本の作品として唯一選出された。

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