葛原岡・大仏ハイキングコース(神奈川県鎌倉市)
山々が相模湾を囲むように鎌倉の街を取り巻いている。自然の豊かな街で谷戸が奥深く入っている。市街地の西側、南北に走る尾根をたどるのが葛原岡・大仏ハイキングコースだ。約3㌔。街は東側に広がっている。歩いてみると意外に小さな街だと分かる。(文と写真 増子耕一)

JR北鎌倉駅で下車し、前の通りを南に向かう。カフェやしゃれた店があり、円覚寺や東慶寺に向かう観光客が多い。その先の道を右折し、緩やかな坂道を登ると鎌倉五山第4位の禅寺、浄智寺の総門前だ。

苔(こけ)むした参道には入らず、左側の通りを進んでいく。右側が境内で、脇からこの寺の仏殿曇華殿(どんげでん)を見ることができ、庭園を彩るビャクシンやコウヤマキが見事。
浄智寺からハイキングコースとなるが、山の頂上までこの寺の敷地なのだそうだ。道は緩やかな石段となり、山道となって高度を上げていく。若い女性グループが後ろにいて、登山体験を打ち明けたり、山の感想を語り合ったりしている。
樹木が豊かで走り根も多く、眼下の谷戸に家々が見えたりするが、見晴らしのよいコースではない。右にカーブし左にカーブして葛原岡にたどり着く。標高160㍍。

広々とした平たんな地でベンチがあり、巨木が幾つもあって日陰をつくっている。
葛原岡神社の境内に縁結びの巨石が二つ並んで、五円玉をくくり付けた赤いひもで結ばれている。パワースポットなのだそうだ。近くでアジサイの一種アメリカノリノキが満開。

その奥が葛原岡神社で、社殿は小さくて端正。祭神は、後醍醐天皇の親政に参加した公家の日野俊基で、元弘2(1332)年に捕らえられ、ここで北条氏により処刑されたという。
南朝が正当とされた明治20(1887)年、日野俊基もここに祀(まつ)られた。辞世の頌(しょう)が記されていた。無念さが伝わってくる。
「秋を待たで葛原岡に消ゆる身の露のうらみや世に残るらん」「古来一句 無死無生 万里雲尽 長江水清」

社殿の西側には見晴らし台があって、正面に富士山が遠望された。
鳥居をくぐって外に出ると、参道は南に続き、舗装された道となっていた。車も入って来る。車道は街へ続いていくようだ。右手に日野俊基の立派な墓があった。
ここまでが葛原岡ハイキングコースで、この先が大仏ハイキングコースとなる。ここから銭洗弁財天宇賀福神社には向かわずに、尾根道を西にたどる。尾根の上まで住宅が点々とあり、鳥の鳴き声まで聞こえてくる。
鳥の鳴き声と言えば、にぎやかなのはウグイスだ。それにガビチョウが加わって競い合っている。ガビチョウは外来種で、声はいいが音量が大きい。
家が尽きると舗装路はなくなり、また山道となる。どんどん南下していくが、見晴らしはよくなくて、街も見えない。まれに相模湾や街が見えると、撮影ポイントだ。森の外れに街の一部と海が見えて、絶景だ。
大仏坂から登って来るハイカーにも出会った。トレイルランの人も、外国人もいた。
最後は急な下り坂となって大仏坂のトンネル脇に出た。






