京都風若狭仕様の町並み
鯖街道の起点、北前船が寄港
若狭地方の中心、福井県小浜市はかつて「鯖(さば)街道」の起点、北前船の寄港地として栄えた。京都に近くその影響を受けながらも、若狭湾の海の幸に恵まれたこの地方独特の文化が育った。市内の西部に位置する小浜西組一帯は、かつての商家や茶屋街があり、今も趣のある古い町並みが広い範囲で残っている。その中心「三丁町」を散策しながら、往時の繁栄を偲(しの)んだ。(文と写真、藤野俊之)

小浜駅前の観光案内で地図やパンフレットをもらってまず訪れたのが、鯖街道ミュージアム。通りの脇に「日本遺産 鯖街道の起点」のプレートがあり、その奥に鯖街道ミュージアムがある。若狭湾で捕れたサバを京都へ運ぶ鯖街道の資料やパネルを展示している。サバを入れる竹かごを背負いすげがさをかぶって記念撮影もできる。

次に古い町並みの残る三丁町へ行くためいったん海の方に向かう。海辺に出ると「マーメイドテラス」という所があり、2体の人魚像がある。人魚の肉を食べ、いつまでも若く美しいまま800年生きたという八百比丘尼(びくに)の伝説にちなんだものだ。この尼さんは全国を行脚し、貧しい人を助け、椿(ツバキ)の種を播(ま)き花を咲かせた後、小浜に戻り、お寺の横の洞窟に入って亡くなったという。不思議な伝説だが、健康長寿に関する知恵が元になっているようにも思われる。テラスからは静かな早春の若狭湾が一望できた。

そこから「人魚の浜海水浴場」に沿って歩き、海水浴場が尽きる辺りで再び町の方に入ると、「三丁町」への案内板があった。古い町並みがかなり遠くまで続いている。家々の軒下に赤いお手玉のような形のものが五つほど連なって下がっているのがまず目に留まった。
これは「身代わり猿」という魔よけのお守りで、江戸初期に建立された庚申(こうしん)堂の再建40年を記念し平成24年、住民の発案で本尊・青面(しょうめん)金剛像の使いをかたどったものをつるすようにした。歴史は案外浅いが、レトロな町並みに美しい彩りを添えている。
三丁町は、猟師町、柳町、寺町の三つの総称と伝えられる元茶屋町。京都とつながり北前船の寄港地だった小浜の繁栄を物語るベンガラ格子や出格子の家が軒を連ねる。平成20年には国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

その中ほどにあるのが、蓬嶋楼(ほうとうろう)という三丁町でも最大級の元料亭。中に入ると、早速ボランティアのガイドさんが「5代将軍綱吉の頃に開かれた花街。モデルは祇園です。この辺り西組一帯は京都様式若狭仕様の町並みです。この建物は明治27年にできて大塀作り」と説明してくれた。
さらに2階に広間があり、壁をくり抜いた洞床、朱の壁などなかなか豪華な造りだ。障子の組子細工は、障子の閉め方によって、菱(ひし)形の模様が変わるようにできており、職人の遊び心によるものという。「こういう部屋は京都や金沢に行ってもありません」とガイドさんは胸を張る。
日本の地方都市が持つユニークさ、独自の文化力を改めて知る思いだ。戦災を免れた町並みの魅力は外国人にも魅力的だろう。新幹線が延伸すれば、多くのインバウンド客が来るのではないか。






