トップ文化旅・レジャー年始客避け旅に出た漱石ー夏目漱石『草枕』

年始客避け旅に出た漱石ー夏目漱石『草枕』

<山路(やまみち)を登りながら、 こう考えた。/智に働けば 角(かど)が立つ。情に棹させば 流される。 意地を通せば 窮屈だ。 兎角に人の世は住みにくい。>

夏目漱石の『草枕』の有名な冒頭文。研究者によれば、漱石が五高(現熊本大学)の英語教師に赴任していたのは、明治29(1896)年4月から33年4月。そして、熊本からこの小説の舞台となる小天(おあま)温泉(玉名市天水町)に旅行に行ったのが、明治30年の12月末だった。

漱石が通った「野出峠の道」
漱石が通った「野出峠の道」
熊本県 熊本駅周辺の地図「草枕」関連地図
熊本県 熊本駅周辺の地図「草枕」関連地図

およそ1週間の湯治旅行。師走のあわただしい時期に友人と旅行したのは、年始客を迎える煩わしさを避けるためだったという。 それは新婚の正月が散々だったからだった。

新任教師の漱石は年始客の接待で夫婦喧嘩(げんか)を起こし、最悪の正月を過ごしたのである。その後、さらに6月に漱石の父親の死去、そして、帰京中の7月に鏡子夫人は流産と不幸な出来事が続いた。以来、漱石は毎年正月、年始客の接待から逃れて旅行に出掛けるようになった。

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熊本から小天に向かう道は山越えで、約22~23㌔と結構な距離がある。小説の第3章には夜に到着とあるほど。当時から、小天は有明海やその背後に望む島原の雲仙と、まさに一幅の絵になる景勝の地だ。

記者(寺口)の前にその絶景が広がっている。漱石時代の風景とそう変わらない気がした。漱石がこの絶景を見たのは、たぶん到着の翌日か明後日。前日は雨模様だったので、この景観は漱石にとって、格別のものと映ったに違いない。

漱石自身の手による水彩の絵葉書が残っている。そこに描かれている景色は、まさに有明海に望む雲仙岳。「天草の後ろに寒き入日かな」(漱石)。このような俳句を残すほどにこの地の風景が漱石自身の心に留められ、小説創作へと誘ったと思われる。

主人公の画工が出会った美しい「那美さん」は家庭生活がうまくいかない女性。この家庭問題は、新婚生活を始めた漱石にとっても他人ごとでは済ませられない難題で、まさに胃痛の種であった。

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漱石が泊まった離れの6畳間(復元)。漱石が浸かった湯舟、左が男湯、右が女湯 宮崎駿さんも訪れた
漱石が泊まった離れの6畳間(復元)。漱石が浸かった湯舟、左が男湯、右が女湯 宮崎駿さんも訪れた

漱石が宿泊した前田家別邸は、作中の「那古井の宿」である。主人公が湯に浸かる場面も描かれているが、漱石が入ったという湯船も残されている。後年、『草枕』の熱烈な愛読者だったアニメの映画監督・宮崎駿さんは、映画『風立ちぬ』の主人公が新婚生活を送る「離れ」として描くために、この前田家の別邸、漱石が泊まった離れを訪れている。

前田家は作中の「志保田家」のモデルである。「老隠居」の前田案山子(かがし)は、国会議員にもなった地元の名士で、自由民権運動を広めたことでも知られている。

漱石が浸かった湯舟、左が男湯、右が女湯
漱石が浸かった湯舟、左が男湯、右が女湯

その次女卓(ツナ)が『草枕』の「那美さん」として登場する。そばの第2別邸の庭池も「鏡が池」、八久保地区の本邸は「白壁の家」と登場し、小天を「那古井」という架空の地名で描いている。

「那美さん」とは東京で再会

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話は少し横道に外れるが、この卓の妹槌(ツチ)は、アジア主義者・政治運動家で、辛亥革命の孫文を援護した宮崎滔天(とうてん)の妻となった人物。NHK連続テレビドラマ「花子とアン」にも出てくる宮崎龍介はその息子で、有名な歌人の柳原白蓮(やなぎわら びゃくれん) と駆け落ちし、「白蓮事件」を起こした。

卓の方は3度の離婚を経験し、明治38(1905)年に上京。孫文や黄興が同年に結成した「中国同盟会」の機関紙『民報』を発行する民報社に住み込みで働きはじめ、ここに集まる革命家や中国人留学生の世話をする。

そして末弟(前田利鎌(とがま))を養子にとり、利鎌と一緒に東京の漱石邸を訪問した。漱石は卓から小天以降の身の上話を聞き「それでは『草枕』も書き直さなければならぬかな」と言ったそうだ。

大正5年、その縁で利鎌は漱石の末弟子となり、木曜会等に参加。同年12月に漱石が没した後も漱石山房に通い、夏目鏡子・伸六ら遺族と親交している。

最後にこの小天は、石破茂首相の母方の曽祖父で、日本のプロテスタントの三大源流・熊本バンドの重鎮・金森通倫(みちとも)の出生の地でもある。その縁で、石破首相もこの地を防衛庁長官時代に訪れている。

(寺口賢之介)

=メモ=

=『草枕』=

「草枕」夏目漱石
「草枕」夏目漱石

明治39(1906)年9月、『新小説』に発表された。翌年、春陽堂発行の『鶉籠』(『坊っちゃん』『二百十日』『草枕』の3編収録)に収められ、単行本としては大正3(1914)年、春陽堂から刊行された。「那古井温泉」(熊本県玉名市小天温泉がモデル)を舞台にした作品。

俗世間から逃れたい一心で、旅に出た主人公の青年画家が、鄙(ひな)びた温泉宿にたどり着き、美しいがどこか陰のある女性・那美と出会う。彼女をモデルにして絵を描こうとしたが、うまくいかない。一切の人間の事象を無私の目で見つめる「非人情」の美学で描かれたと言われる。

美的文章であり、「プロット(物語の筋)も無ければ、事件の発展もない」(漱石談)小説と言われていたが、「人でなしの国は人の世よりなお住みにくかろう」と冒頭の続きに書かれているように、那美はじめ登場人物の心持ちを軽妙に表現している小説でもある。写真は新潮文庫。

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