トップ文化旅・レジャー昭和初期の雪国文化綴るー川端康成『雪国』

昭和初期の雪国文化綴るー川端康成『雪国』

川端康成(1899~1972年)の小説『雪国』は、モデルとなった新潟の温泉地がある。東京から約1時間で行ける湯沢町だ。都内から日帰りで行けるスキー場として冬のシーズンは特ににぎわう。JR東京駅で上越新幹線「とき」に乗りしばらくすると、群馬と新潟の県境にまたがる三国(みくに)山脈のトンネルに入る。

ゆかりの宿で作家気分

湯原高原スキー場のパノラマステーションから見下ろす湯沢町 新潟県南魚沼郡
湯原高原スキー場のパノラマステーションから見下ろす湯沢町 新潟県南魚沼郡

<国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。>

これを実際に体験してみようと、カメラを窓に向けて楽しみに待っていた。しかし、トンネルを抜けたのは、越後湯沢駅に到着するわずか1分前だった。周りの乗客は降りる準備であわただしい新幹線の車内では、しみじみと「雪国」の入り口を味わうのは難しいようだ。

それでも、トンネルに入る前に見た群馬の茶色い山あいとは打って変わる白い世界に胸が躍る。雪が積もった屋根と山肌がまぶしい。何本もの暗いトンネルを走行したからこそ、雪国の白さがより際立っていた。この一瞬の感動を川端も味わったのだろう。

川端康成「雪国」関連地図
川端康成「雪国」関連地図

   ◇   ◇

書き出しの名文が有名な小説『雪国』は、川端が1930年代から40年代の戦時下にまとめた。昭和初期の哀愁漂う日本的生活と、男女の人間模様を叙情的に描き、発表当時も文壇から絶賛された。特に、芸者の駒子から「美しい日本の心」を見いだした手法が独創的であり、生涯を通じての名作で今なおファンが多い。

親譲りの財産で自由気ままに暮らす妻子持ちの男・島村と、彼が雪深い温泉町で出会った芸者・駒子との恋が描かれる。この作品は『伊豆の踊子』同様、川端の旅から生まれた。

三島由紀夫からは「永遠の旅人」と評されたこともあるほど、川端と旅は切り離せないものだ。旅と執筆の繰り返しで磨いた観察眼と表現力が発揮されている。

<薄く雪をつけた杉林は、その杉の一つ一つがくっきりと目立って、鋭く天を指しながら地の雪に立った>

毎日を懸命に生きる駒子を<虚しい徒労とも思われる、遠い憧憬とも哀れまれる>と受け止めながらも、島村はその情熱に惹かれていく。

駒子の美しさは読者が体温を感じられるほど、細やかに描写される。

<百合か玉葱みたいな球根を剥いた新しさの皮膚は、首までほんのり血の色が上っていて、なによりも清潔だった>

「徒労」と「清潔」の2語は小説内に何度も登場する。その言葉に象徴されるような2人の正反対な生き方を強調する。2人がやがて行き着く、別れを予感させる。

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 「ぜひ湯沢の大雪を見に来てほしい」

記者の取材にこう話すのは、「雪国の宿 高半」の女将・高橋はるみさんだ。川端が通った旅館として知られ、『雪国』を執筆した部屋「かすみの間」を移築前の状態で保管している。宿泊客は見学することができる。川端は1934年から3年間の間に3、4回宿を訪れたと、先代から伝え聞いたという。

『雪国』を執筆した旅館「雪国の宿 高半」内にある「かすみの間」
『雪国』を執筆した旅館「雪国の宿 高半」内にある「かすみの間」

高橋さんに話を聞くと、最近は日本の川端ファンより、海外のファンが宿泊客として多い。その立役者が、『雪国』を英訳した米国人のエドワード・G・サイデンステッカー氏だ。現在では世界中で翻訳・出版されているが、最初の訳で、1968年にノーベル文学賞を受賞することになった。

川端は「日本人の心の精髄を、優れた感受性で表現するその叙述の巧みさ」と「東洋と西洋の精神的な懸け橋づくりに貢献した」点が評価された。ここから日本近代文学が世界に注目を集めるようになった。

サイデンステッカー氏の翻訳の苦労が分かる資料が、駅から5分の「湯沢町歴史民俗資料館『雪国館』」に残されている。

川端文学で特徴的な描かない“行間”。氏はこうした日本語の曖昧さを翻訳するのに困って、川端本人に意味を問うたが「作者にも分からない」と回答された、という資料とともに解説されている。ほかにも、再現された「駒子の部屋」や湯沢の歴史的な資料が展示され、『雪国』の世界観を補完するのに役立つ。

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主人公・島村が湯沢の山に出掛ける場面がある。その道中にある神社・諏訪社は、ほとんど雪に埋もれていた。ここの立派な杉は、川端も見たのだろう。湯沢高原のロープウエーでスキー場に上った先に絶景が待っていた。

作品に登場する神社・諏訪社
作品に登場する神社・諏訪社

冷えた体を温める温泉宿がスキー場を中心に集まっている。そのなかでも、「雪国の宿 高半」は湯沢温泉の「湯元」で、自然湧出のかけ流し100%が自慢だ。3回に分けて入るのがツウな楽しみ方で、3回入ると体の芯から温まることができた。大浴場の壁には、川端が妻に送った手紙の言葉がある。「この温泉は神経痛によいらしい。暖かくなつたせゐもあらうが、徹夜の後の無理で病んでも直ぐよくなる」とあり、作家気分を味わうこともできる。

同旅館では毎晩、大スクリーンで映画「雪国」(1957年製作)を上映する。池部良演じる島村と岸恵子の駒子が見られる。原作を忠実に、脚色した作品で、昭和初期の風景になじみのない世代にとって、当時の様式や風景を再現した映画は貴重な映像資料だ。

作者はあとがきで「私の作品のうちで『雪国』は多くの愛読者を持った方だが、日本の国の外で日本人に読まれた時に懐郷の情を一入そそるらしいということを戦争中に知った。これは私の自覚を深めた」と明かしている。

女将の高橋さんは語る。「川端先生が湯沢の風景や文化を書き残してくれた。その思い出が残る当時の部屋をこれからも大切に残していきたい」(竹澤安李紗)

=『雪国』=

川端康成『雪国』
川端康成『雪国』

中編小説。昭和10(1935)年1月の「文藝春秋」に載った『夕景色の鏡』にはじまり、昭和12年5月までさまざまな雑誌に連作の形で発表された。昭和12年6月に単行本『雪国』(創元社)にまとめられた。

作者はこの小説に特別な愛着を寄せ、戦後に結末を書き加え、昭和23年に「完結版」(創元社)を刊行した。作者が亡くなる前年に、さらに手を加えた「定本版」(牧羊社)を刊行した。

川端文学の代表作であるだけでなく、日本の昭和初期小説の中で屈指の名作に数えられている。昭和10年代、日本で戦時色がますます強まる中、国粋的風潮が活発になり文壇でも日本古典が再評価されつつあった。作者の日本文化への賛歌が成熟した形で表れた作品である。写真は新潮文庫。

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