世界の舞台へ確実な第一歩
「カーネギーホールへの挑戦」。いよいよそのプロジェクトが始動した。ピアニスト管谷怜子(すがや りょうこ)さんのピアノリサイタルが15日、東京・築地の浜離宮朝日ホールで開催された。2022年にピアノ教師から転身し、40代にしてピアニストを志した。世界の大舞台を見据えての記念すべき最初のリサイタルとなった。(文・賀好 広、写真・石井孝秀)

「星条旗」「君が代」
黒のドレスに身を包み、ステージに登場した管谷さん。なぜ冒頭に日米両国の国歌なのか。それは奏でるピアノに理由がある。それはニューヨークSTEINWAY(スタインウェイ) & SONS(サンズ)「CD368」。カーネギーホールで1912年から42年まで活躍したピアノだ。管谷さんが行くことでCD368をカーネギーホールに“戻す”というのがこのプロジェクトなのだ。日米の架け橋になりたい、との思いからという。
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今回はクラシック音楽の四天王バッハ、モーツァルト、ショパン、べートーヴェン四者四様の作品でプログラムを構成した。「よくぞこのような人類の遺産を残してくれた」との思いで、練習してきた。4人の天才たちは、実生活では波乱の多い人生を歩んだ。なぜか。管谷さんは日々練習を重ねるうちに分かったという。「芸術上の妥協をひとかけらもしないようにしようとすると、どんどん実生活から自分の精神が離れていくということ。私も遅ればせながら4人にあやかり、芸術上の妥協をひとかけらもせずに、カーネギーホールに立つことを目標にしたいです」と力強く述べた。
バッハ「トッカータ」
管谷さんは2012年から24年までの12年間、バッハの全曲連続演奏会を全うした。その中の一つ「トッカータ」は、イタリア語で「触れる」という意味だ。
モーツァルト「第10番」
「ピアノソナタ第10番ハ長調K.330」は軽快でかわいらしい曲。モーツァルトはピアニストの試金石といわれる。管谷さんはCD368以外にもさまざまな年代のピアノで弾いており、それぞれの違いが公開中の動画からも味わえる。
ショパン「24の前奏曲(プレリュード)」
ピアノといえばショパン。今回は前奏曲全24曲の中から8曲を抜粋した。クラシックファンの間では有名な曲だが、ピアニスト泣かせの曲で、まともに24曲弾くと「死ぬ思い」をするという。
ただその中の一曲「第7番イ長調」は、あの聴きなじみのあるCMの曲。ゆったりとした安心できる、清涼感のあるつかの間の曲だ。思わず「ありがとう、いい薬です」と心の中でつぶやいた。
「第24番ニ短調」は、前奏曲の最後を締めくくるのにふさわしい激しく情熱的な楽曲。CD368の特徴である重低音の独特なひずみがうなり、曲の激しさをより強調した。現代のピアノの音の柔らかさではこの曲の真意は伝わらない。まさにCD368の真骨頂を発揮した一曲だった。
ベートーヴェン「月光」
来年はベートーヴェン没後200周年に当たる。管谷さんは現在そのピアノソナタ全曲連続演奏に取り組んでいる。
ピアノソナタ第14番は「月光ソナタ」の愛称でも有名だ。第1楽章の落ち着いた曲から始まり、第2楽章、第3楽章と次第に激しさを増していく。ピアニストのほとんどがCDに収録しているが、管谷さんの「月光」は一味違う。セカンドアルバム「ベートーヴェン巡礼」に収録されたこの曲は、修正なしの奇跡のテイクといわれている。
ベートーヴェン「熱情」
ベートーヴェン中期の大傑作といわれる。交響曲第5番「運命」と同時期に作曲され、「タタタターン」の動機が随所に出てくる。「他の世界的ピアニストは正確過ぎて機械的、管谷さんからはベートーヴェンの異形、怪物性を認識できた」などの感想が寄せられている。激しい感情を鍵盤に畳み掛けると、CD368の割れたような音がさらに重厚さを増し、相乗効果をもたらす。息をつく暇もない圧巻の演奏が終わるや、拍手喝采と「ブラボー!」の掛け声が場内に響き渡った。
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「いかがだったでしょうか。全力で弾き切ってみました、フフフ…」と思わず照れ笑いする管谷さんに温かい拍手と歓声が沸き起こった。「アンコールの曲を考えていたんですけど、頭も腕もすべて抜け殻みたいになってますので(場内笑い)、きょうは『熱情』の記憶だけを持ち帰っていただきたいと思います」と話すと、割れんばかりの拍手と大歓声がホール全体を包んだ。
大盛況となった初の東京公演。だがそれはまだ“第1楽章”にすぎない。カーネギーホールへの道はまだまだ遠いかもしれないが、世界につながる確実な第一歩になったことは間違いないだろう。
プログラム
▽星条旗(アメリカ国歌)
▽君が代(日本国歌)
▽J.S.バッハ
トッカータ ニ長調 BWV912
▽W.A.モーツァルト
ピアノソナタ第10番 ハ長調K.330
▽F.ショパン
24の前奏曲 作品28より
第1、4、7、8、10、17、23、24番
▽L.v.ベートーヴェン
ピアノソナタ第14番 嬰ハ短調
作品27-2「月光」
ピアノソナタ第23番 ヘ短調
作品57 「熱情」
リサイタルを終えて(18日)
管谷怜子さん
4人の作曲家を取り上げるのは、今回が初めてだった。それまでは一人の作曲家の演奏会を行ってきたので、今回は多様な作曲家の魅力を引き出せた。
大舞台は緊張するが、今回は割と落ち着いていた。もっと大きなホールで弾いてみたい。
最後のベートーヴェン「熱情」は、第1楽章から第3楽章まであり、それぞれ「急」「緩」「急」という感じで演奏するが、第1楽章から興が乗ってしまい、濃厚に弾いてしまった。第3楽章では速いテンポになってしまったので、もっと冷静さが必要だ。
文藝評論家・小川榮太郎さん
世界に羽ばたいていくための足場をしっかりとつくった。






