トップ文化エンタメ芸能40代で世界の舞台目指す ピアニスト 管谷怜子さん

40代で世界の舞台目指す ピアニスト 管谷怜子さん

恩師・野島稔さんの遺志継ぐ

 「名ピアニスト」と呼ばれるのは、権威ある国際コンクールで受賞した者のことを指すのか。光の当たらないピアニストの中にこそ、鍵盤に命を吹き込み、聴く人の心を揺さぶる奏者がいる。ピアノ講師から身を引き、演奏家一筋の世界を目指す管谷怜子(すがやりょうこ)さんもその一人だ。この日、お昼時のコンサートを終え、ピアノに向かう険しいまなざしから一転、ニコニコと取材に応じてくれた。(賀好 広)
笑顔で取材に応じる管谷怜子さん=5月 11 日、東京都府中市の府中の森芸術劇場(賀好広撮影)
笑顔で取材に応じる管谷怜子さん=5月 11 日、東京都府中市の府中の森芸術劇場(賀好広撮影)

 コンサートでは、ドビュッシー「月の光」、グラドナス「アンダルーサ」、ショパン「英雄ポロネーズ」、ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」を披露した。

 「力を抜いたらこんなにいい音が出たり、タイミングをずらしたら逆に良かったり、自分の辞書にはないことが次々と起きるのがこのピアノ。ずっと弾いていたい」

 管谷さんの奏でるピアノは、スタインウェイ・アンド・サンズ社の「CD368」。1912年製で、米ニューヨークのカーネギーホールで数々の巨匠が奏でた名器だ。日本で引き取られ、100年以上の時を経た今なお現役で使われている。

 このピアノにこだわるのには理由がある。現代のピアノは音が一定で、強弱しかつけられない。その点、弾き方次第でさまざまな音色に変わるのがこのピアノの面白いところだという。

 だが弾きこなせるまでには苦戦を強いられた。鍵盤をたたくだけではひずんだ音しか出ない。長い格闘の末、伸びやかな高音から地響きのような重低音まで、曲のあらゆる場面で音を操れるようになった。名器を自分のものにしたのだ。

 「聴き慣れた名曲なのに新鮮」「打鍵に圧倒された」「奇跡のピアニストをこのままにしていてはいけない」など多くの声が寄せられ、新たなファンが増えている。

 管谷さんには目標がある。CD368を生まれ故郷のカーネギーホールに凱旋(がいせん)させること。つまり自身がニューヨークの舞台で演奏することだ。今そのプロジェクトが始まっている。

 4歳でピアノを始め、福岡女学院高校の音楽科に進んだ。在学中、運命的な出来事があった。恩師である世界的ピアニスト野島稔さんとの出会いだ。

 「高校1年の時、福岡で野島稔さんのリサイタルを聴きに行きました。その時初めて、ピアノリサイタルで涙が止まらなかったのです。この人に習いたい、という思いを抱きました」。NHK交響楽団との協演でチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を奏でる野島さんの映像を、学校から帰って毎日見たという。「手の動きを何度も観察しました。飽きもせず(笑)」。

 大学進学の時期、ピアノの先生とのトラブルで破門された。別の先生を探していた時、女学院の先生の知り合いが野島さんの秘書をしていた関係で、憧れの野島さんを紹介されたという。

 「野島先生は笑いもしないし言葉も少ない。特に指導することもなく、隣でただひたすら弾いてみせるだけでした。とにかく観察するしかなかったのです。高校時代に見た映像の“本物の手”が目の前にあるみたいで(笑)」

 野島さんにただ一言、こう言われた。「手の大きさも人それぞれ違うし、弾き方をどうこうしろなんて言えないんだよ。音を耳で聴いて、覚えて帰りなさい」と。福岡に帰って演奏した際、周囲から「野島さんの指が乗り移っている」と驚かれたそうだ。

 ソロデビューを果たし、2012年から24年まで12年かけてバッハの連続演奏会を成し遂げた。半年に1回の演奏会も行ったが、ピアノ教室や大学で後進の指導に当たるなど、講師の仕事が主だった。

 そんなある日、文藝評論家の小川榮太郎さんに見込まれ、「教えているだけではもったいない。本格的な演奏家の道に進みなさい」と背中を押された。「初めてそんなことを言われて、すごくうれしかった」。生徒たちにはきっぱりと講師を辞める旨を告げ、3年前から演奏活動一本に絞った。「講師には二度と戻りたくない」と目を輝かせる。40歳を過ぎてからの再出発だった。4年前に他界した恩師の遺志を受け継ぎ、管谷さんもまた世界に羽ばたこうとしている。

 来年2027年はベートーヴェン没後200年に当たる。それに向けてのピアノソナタ・チクルス全32曲の連続演奏会に取り組んでいる。この日は夜から同じホールで第4番から7番の演奏が控えていた。昼夜2公演の合間での取材。管谷さんには頭が下がる。

 カーネギーホールへの挑戦。その第一歩となるのが7月15日、東京・築地の浜離宮朝日ホールで開催されるリサイタルだ。ニューヨーク生まれのピアノを日米の架け橋にしたいとの願いを込め、最初に両国の国歌である「星条旗」と「君が代」を演奏するという。楽しみなステージになりそうだ。

 すがや・りょうこ 福岡市出身。世界的ピアニストである故・野島稔氏に師事し桐朋学園大学大学院修了。慶應義塾大学文学部(美学美術史学専攻)卒業。2007年FFGホールにてソロデビュー。全国各地でリサイタルを開催しつつ、ウィーン・ラズモフスキー弦楽四重奏団、九州交響楽団と協演。12年から24年まで12年かけてJ.S.バッハ鍵盤楽器作品の全曲連続演奏会を完遂。22年までピアノ教室と九州大学の非常勤講師など後進の指導に当たっていたが、現在は演奏活動に専念。23年福岡で後援会「日時計の丘」が発足。24年に40代でCDデビュー。二つのCDアルバムが「ANAクラシックチャンネル」でオンエア。25年からベートーヴェン没後200年の27年に向けて「ベートーヴェン巡礼2027:ピアノソナタチクルス(全32曲)」連続演奏会に取り組んでいる。

 【管谷怜子 ピアノリサイタル

カーネギーホールへの挑戦
7月15日 (水) 浜離宮朝日ホール
19時開演(18時30分開場) 全席自由席¥5000

 プログラム

▽星条旗(アメリカ国歌)
▽君が代(日本国歌)
▽J.S.バッハ
 トッカータ ニ長調 BWV912
▽W.A.モーツァルト
 ピアノソナタ第10番 ハ長調K330
▽F.ショパン
 24の前奏曲 作品28より
 第1、4、7、8、10、17、23、24番
▽L.W.ベートーヴェン
 ピアノソナタ第14番 嬰ヘ短調
         作品27-2「月光」
 ピアノソナタ第23番 ヘ短調
         作品57 「熱情」

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