
久しぶりに、本格的な「英米文学」研究書と出合った。思えば、1991年の大学設置基準の改正によって、東京大学の教養学部を除く全国の大学で教養課程が廃止され、英米文学研究は「冬の時代」に突入したのだ。
本書の章立ては、8編の英文学研究、2編の米文学研究、2編の日本人論であるが、この2人の日本人に共通しているのは、「われ太平洋の橋とならん」という志であった。
1人目は、新渡戸稲造(にとべ いなぞう)である。彼が37歳の時にアメリカで病気療養中に執筆したのが『武士道』(1899年)であった。
これは日本人の倫理観を解明するため、シェイクスピアを引用の端緒として、ギリシャ・ローマの古典や聖書を縦横に引用し、日本にも西洋と同じような倫理観があることを詳述した。
この英文の『武士道』が日本に「西洋文化に精通した教養人」がいることを全世界に知らせたのだった。彼の愛国主義と国際主義は軍閥政治と厳しい対立を生むことになったが、新渡戸の死後8年を経て真珠湾奇襲攻撃が行われた。
もう1人は、日系アメリカ人二世の作家ジョン・オカダ(1923~71年)である。彼の長編小説『ノーノー・ボーイ』(1957年)の主人公イチロウは、一世が理想として思い描く「日米の懸け橋」となる二世像を目指して一途に「越境教育」を受けていたが、日米戦争の緒戦期に強制収容所に収容された日系移民に対する兵役と忠誠の調査を拒否したために、2年間獄舎に繋(つな)がれる。
戦後日系移民の再定住期に「ノーノー・ボーイ」となる前の自分に戻るために故郷シアトルに帰ったが、そこには親米・反日を堂々と標榜(ひょうぼう)する愛国的二世復員兵たちが闊歩(かっぽ)していた。
兵役拒否者の汚名を背負っているイチロウは彼らと折り合いがつけられず、オレゴン州に製図技師の職場を見つけ、社長をはじめ周囲の誠実な人たちの間で暮らし始め、イチロウの苦悩がすべて解消されるという結末は、確かに楽天的な感じがするが、根拠なき黄禍論的憎悪から発生する理不尽な人種差別が日常であることを体験した者の結論なのかもしれない。
評論家 阿久根利具







