トップ文化書評「山を歩く、魂が還る」 矢作 直樹著 山は天と地をつなぐ場所 【書評】

「山を歩く、魂が還る」 矢作 直樹著 山は天と地をつなぐ場所 【書評】

山と渓谷社 定価1760円
山と渓谷社 定価1760円

 山との関わりは人により千差万別。幼い頃、東京の町田市に住んでいた著者が最初に登った山は草戸山(くさとやま)。高尾山の南方にあり、高尾山口駅の東から南下する尾根の先にある山だ。

 町田市相原にあった自宅から八王子市との境の裏山へ出て、権現谷(ごんげんだに)の集落を通り、稜線に上がって草戸峠に至り、草戸山から高尾山口へ。弟さんとの二人旅。金沢大学医学部の学生時代は、北アルプスに親しんだが、トレーニングのために毎日15㌔の丘陵を走り、冬期には耐寒能力を鍛えるため下宿に暖房を入れず、外を歩く時もサンダルに素足だったという。

 そして1979年、大学4年から5年になる春、白馬岳(しろうまだけ)から槍ケ岳(やりがたけ)を経て南岳に至る単独縦走を計画し、実行。だが鹿島槍ケ岳の北峰を越える時、雪庇(せっぴ)を踏み抜いて転落。1200㍍滑落したが無事だった。信濃大町に下りてしばし休憩し、一部のルートをカットして後半の縦走を再開した。

 同年12月、鹿島槍ケ岳から南への縦走を計画したが、またもスバリ岳と針ノ木(はりのき)岳の鞍部(あんぶ)で事故を起こし、100㍍の滑落。だが、その時も無事だった。下山して扇沢(おうぎざわ)駅まで来て山を振り返ると、「もう山に来るな」という声を聞き、登山をやめた。

 その後、35年間、医師として救急・集中医療現場で命と向き合う日々が続き、平均睡眠時間3時間の生活で全力を尽くした。そして仕事を終え、還暦を過ぎて再び山に足が向くようになった。

 本書はそれら山と医療体験の記録だ。山は変わっていなかったが、自分が変わっていた。

 登るのは大山や塔ノ岳(とうのだけ)、奥武蔵(おくむさし)の伊豆ケ岳、高尾山などの低山登山が主だ。

 そして2025年春、積雪期の南アルプス・光岳(てかりだけ)から北岳まで1人で歩いた体験はその節目となった。これもまた、記憶に深く残る感銘深い登山だったと思われる。

 歩くことは「天地への感謝行脚」。山は著者にとって天と地とをつなぐ場所となった。

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