
近代政治における「保守」と「革新」は欧州で生まれた概念で、保守は王党派を支持する貴族や教会の権威を維持しながら穏やかな変化を目指し、革新はそれらを排除して急激な変化を求めた。
後者の代表的な事例がフランス革命で、「保守思想の父」と呼ばれるイギリスのエドマンド・バークは、理想に燃えた革命がナポレオン独裁を招いた結果から理性の限界を痛感し、歴史の中で育った制度を守りながら、慎重で段階的な変化を唱えた。王室を守りながら民主主義を実現したイギリスを、明治の日本も範としてきた。
一方、日本は欧米列強をモデルに近代化を進め、敗戦後はアメリカの圧力を受けながら民主化を実現してきた。保守本流は吉田茂の「経済復興と軽武装」で、憲法改正を重視する岸信介らは保守傍流であった。今、保守を自任する高市早苗首相が登場し、保守系の野党も現れ、保守とは何かが問われている。
イギリス在住の著者が強調するのは、保守とは「時間をかけて蓄積された制度や慣習を尊重する」という極めて常識的な考え方で、保守主義とは一種の「実証主義」だという。ところが日本では、「経験に基づく合理性」という発想がほとんど理解されていない。さらに問題なのは、排外主義やポピュリズムが保守の名で流通していることで、「移民はいらない」「外国が悪い」という言説は、単なる感情の発露であり、制度の安定や社会の持続性とは何の関係もなく、保守とは真逆だとする。
もっとも今、イギリスの政治もかなり危うく、ロンドンでは白人の比率が半減し、移民が増えた町は犯罪が増え、中国の不動産投資で荒廃しているという。「多様化と近代化、ポストモダン、ユートピア思想により豊かになろうとした結果、その予想がすべて逆になってしまった」と嘆く。日本にとっては他山の石である。
多田則明






