
1945年8月、4歳の著者は家族と旧満州の長春にいて、攻め込んできたソ連兵士に出会った。翌年2月、ソ連兵はいなくなり、代わりに中共軍が攻撃してきて入城。父の経営する製薬工場を若い八路軍兵士が守った。著者は市街戦の流れ弾で負傷したが、その兵士がいろんな話をしてくれた。その中に毛沢東のことが出てきて「人民を救ってくれるんだ」と言う。
その後、長春市は中共軍に食料封鎖され、多くの民が餓死した。一家は脱出したが下の弟が亡くなった。この時から著者は「毛沢東、あなたは誰なの」という疑問を抱くようになり、中国研究者になったという。
本書は『毛沢東 日本軍と共謀した男』の続編で、ここでは毛沢東が、日本の外務省の出先機関「岩井公館」の創設者・岩井英一にスパイを送って、「中共軍と日本軍の停戦を申し入れていた事実」を突き止め、スパイ相関図を明示している。
本書では、その結果として、実際に戦場でどのようなことが展開されていたかの実例を示す。台湾国史館のデジタルアーカイブで、「戦場からの手書き軍事機密電文集」が機密解除されているのを発見。日中戦争時、国民党側の各戦場現場司令官から中華民国の蒋介石軍事委員長にあてた記録だ。
膨大な量で、紹介されるのはその一部だが、象徴的な電文を示し、「戦場の地図」を掲載して分析。1937年の中共軍の活動領域をみると、日本軍が活動している区域と重なっている部分が多く、両者が共存していた事実を視覚化する。
中共軍は日本軍に、国民党軍がどこにいるかを通報し、便衣に着替えて日本軍を道案内し、国民党の防御線を突破する。電文に記録されていた状況だ。
第二次国共合作が始まっていて、国民党軍と中共軍は協力しているはずなのに、事実は逆。江蘇省では中共軍と日本軍の間で、水面下で不可侵条約が結ばれていたことを電文で示す。日中戦争の実態がやっと今、浮かび上がってきた。
増子耕一






