
アイルランドを代表する現代作家の一人ショーン・オフェイロン(1900~91)の短篇集。1946年発表の「無垢」から73年の「内外コンプレックス」まで10編を収める。
ストーリー展開に加え、人物造形の鮮やかさが大きな魅力だ。オフェイロンは1900年、アイルランド南西部コークに生まれ、青年時代は熱烈な民族主義者でアイルランド義勇軍に参加し、英国からの独立戦争を戦った。
アイルランドには文化の素地としてケルト文化、カトリック信仰がある。
「鱒(ます)」は家の近くの水溜(た)まりに鱒が一尾いるのを見つけ、それを可哀(かわい)そうに思った少女ジュリアが、月夜の晩に寝床を抜け出して、水溜まりの鱒を川へ放してやるという話。メルヘン的な情景が生き生きと描かれ、鱒がいなくなったことを不思議がる弟に、ジュリアは「妖精のおばあさんのしわざじゃないの?」と答える。
「無垢(むく)」は、自分の子供が初めて教会での告解に臨むことになった父親が、自分の昔を思い出す話。「さざめく木々」は、思春期に差し掛かった少年たちの性への関心を巡る珍事が描かれた作品。いずれもカトリック信仰との葛藤が背景にあるが、それが深刻にならずユーモラスに描かれている。
「秋の気配」は毛織物工場を起こし成功したダニエルが、かつて淡い恋心を抱いていたが修道女になった幼馴染の少女との思い出を語る。
そのダニエルは急死し、人生のはかなさをしみじみと感じさせる結末となっている。
最後の「内外コンプレックス」は、バーティ・ボルジャーという40代独身のずんぐりした骨董商人が主人公。海沿い町ブレイの通りで、窓辺で読書する美しい未亡人を見初め、あの手この手で結婚までこぎ着ける。しかし夫婦関係は簡単にはいかず、すったもんだが起きる。オフェイロンは、その愚かさも受け入れ、愛すべきものとして描いている。
藤野俊之






