
日本は7年の占領期間を経て主権を回復したが、戦後レジームから脱却できずにいる。言い換えれば、いまだに「精神的な占領下」にあり、当時の歴史を正しく総括できていないのだ。日本は「マッカーサーの日本占領」を経て、何を解決すべきだったのか、また、何が解決されずに残ったのか。本書はこうした疑問を明らかにするものである。
権威主義者のイメージが先行するマッカーサー。占領下の日本を支配し、自虐史観を根付かせた人物という一面だけでマッカーサーを評価するのは危険だ。「功」の面も理解しておかなければ、戦後の本格的な総括はできないことを教えてくれる。
果たしてマッカーサーは日本が骨抜きになることを望んでいたのか。決してそうではなく、むしろ日本側の対応がまずかったことを数々の記録や公文書からひもといている。
マッカーサーは日本との降伏調印を終えると、憲法改正案を作るよう命じた。連合国軍総司令部(GHQ)の上部機関である「極東委員会」からの天皇制廃止の要求をはじめ、さまざまな介入を防ごうという〝緊急避難的な目的〟があったのではないかと著者は指摘している。
また、公民教育が進められたが、占領下で行われたため、歪(ゆが)んだものとなってしまったと総括している。正しい公民教育を取り戻し、憲法改正に着手するに当たり、占領下でどのような影響を受け、どのように主権を制限されていたのかを、日本国民が総括することから始めなければならないと説く。
当時首相の吉田茂に対しては、「政治的見識を一切持たない愚人」「敗戦利得者の親玉」と厳しく評価している。著者が執筆した『吉田茂という反省』『吉田茂という病』『続・吉田茂という病』(いずれも自由社、共著)の3冊を併せて読むことで、当時の日米双方の認識が理解できるだろう。
(豊田 剛)






