
長くのびた盆地とは、米国・カリフォルニア州のサリーナス・ヴァレーという実在の地。著者(1902~68年)が生まれ育った土地だ。
この短編集はこの盆地を舞台にしていて、訳者によれば、作家として注目されるまでのいわば格闘期に書かれた作品群。いろいろなテーマや手法が試みられている。
これらの作品はどのように小説を書き始め、成熟していったのか、その過程を見せてくれているかのようだ。それぞれ独立した短編だが、いかにこの故郷の土地への愛着が深かったが伝わってくる。
その愛着は盆地と川とそれを包む山々の大自然にあり、荒野や山で生きている植物・動物がたくさん登場する。そして人種も文化も多様な人間への関心だ。盆地の北の先っぽにはモントレーという街があって、田舎と都市との文化的な対比が彩りを加える。
「逃走」は、海岸の崖の上で農場を営むメキシコ人一家の話。ママには子供が3人いて、19歳の背の高い長男が起こした事件を綴(つづ)っている。
長男はママから買い物を頼まれ、馬に乗ってモントレーに行く。だが月夜に疲れ切って帰ってきた。知人の家でワインを振る舞われ、口論となって男をナイフで刺したという。ママは追っ手から逃すために山の中へと旅立たせる。その山中放浪が克明に描かれる。
「赤いポニー」は13の短編のうち最も長くまとまった作品で、牧場で暮らす子供ジョディが主人公だ。父親から仔馬(こうま)をプレゼントされ、喜んで世話をするが、学校に行っている間に雨が降ってきて、外に置かれた仔馬は打たれる。仔馬は風邪を引き、容体が悪くなって、死んでしまう。一連の出来事が少年の心で捉えられ、衝撃の大きさを伝えている。
これらの作品はみな虚構の幻想的な作品だと訳者は解説する。スタインベックの魅力が凝縮された短編集だ。
増子耕一
(岩波文庫 定価1276円)





