トップ文化書評匿名への情熱 和田純著 政治と学識結んだ楠田實【書評】

匿名への情熱 和田純著 政治と学識結んだ楠田實【書評】

吉田書店 定価3960円
吉田書店 定価3960円

 産経新聞の政治記者だった楠田實が、ケネディ米大統領が優秀なブレーンとの対話を基に政権を運営したのを知り、佐藤栄作に同様のブレーン設置を提案したのは佐藤内閣誕生の1年前。その後、首席秘書官になった楠田は多くの知識人の協力を得て献策し、佐藤の公式発言すべてに関わる。それは福田赳夫、安倍晋太郎へと引き継がれた。

 楠田の呼び掛けに応えたのは、梅棹(うめさお)忠夫、高坂正堯(こうさかまさたか)、京極純一、江藤淳、永井陽之助、若泉敬など錚々(そうそう)たるメンバーで、現実主義的な中道保守の立場から戦後の進歩的文化人とは一線を画す人たちだった。

 国際政治学者の高坂は「現実主義の平和論」を発表していた。国際交流基金で楠田の部下だった著者は、「知のサロン」を40年続けた楠田の原動力は「匿名への情熱」だったと言う。

 極貧の家に生まれた楠田は集団就職で上京し、陸軍少年戦車学校を経て中国に出征、米軍機の機銃掃射で左小指を失(な)くした。戦後、米軍キャンプで働きながら早稲田大学に入学し、学生運動に関わり27歳で卒業する。それらの体験が、経済優先、戦争阻止の楠田の信念を形成した。楠田が情熱を傾けたのは、戦争で失った領土を外交で取り戻す沖縄返還で、「核抜き本土並み」を実現するため、佐藤の密使となる若泉を紹介している。

 佐藤内閣で行っていた国際関係懇談会を次の田中角栄に続けるよう頼んだが、「わしはそんなものいらん」と断られた。田中が拙速に日中国交正常化を進めた背景には、政局に偏り過ぎ、長期的なビジョンを欠いたからだ。「沖縄の次は北方領土」が楠田の目標で、安倍晋太郎にそれを託したのだが、ソ連崩壊と安倍の病気に阻まれた。

 「望ましい国家像を示し、新たな文明を創出してこそ、政治は〝本物〟となる」という楠田は、黒子に徹し、学識と政治を結ぶ「知の遊水地」を守り続けたのである。

高嶋 久

 吉田書店 定価3960円

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