
現代の韓国社会はとても生きにくい社会であるようだ。夢はかなえ難く、心に傷を負った人は多く、平凡な幸福さえ得ることが難しい。著者は30代後半のエッセイストで、このエッセー集は20万人もの読者が共感したベストセラー。平凡に生きることの中に豊かさのあることを気付かせてくれる。
生きにくさをこの本から拾ってみると、現代は「大嫌悪時代」だそうだ。社会全体に対立構造があり、分断が起きる状況が蔓延(まんえん)しているという。勤務時間も勉強時間も世界一だが年間500人以上が過労死し、若者の自殺者は増える一方。精神科病棟は10代から20代の若者であふれている。
著者もそうした環境で生きてきた。若い時には夢も描いて生きたが、もはや生きることに疲れて「平凡に暮らしたい」というのが今の夢。平凡さというのは「比較も劣等感も、嫉妬も、怒りも、嫌悪感も、心配も、悩みも、不安もない安全な一日」を送れること。
大嫌悪時代とは誰かをあざ笑い、こき下ろすのが当たり前になった社会だ。が、本当の理由は自尊心にあるという。自尊心とは誰かから愛される、価値ある存在だという信頼感が根底にある。しかしそれを得るのが難しく、飢えた人は別の結論に行き着く。他人を蹴落とすことだ。それによって自分の地位が上がる。
だから著者は嫌悪するのではなく「放っておこう」と言い、その嫌悪がどこから来たのか、自分の中からなのか、メディアからなのか、一度振り返ってほしいという。
戦いに勝ったと思ったら、自分が敗れていたことに気付くこともある。結婚の準備期間に妻とたくさんぶつかったが、突然、妻は降伏した。負けたのは自分の方だったと気付き、戦いなどどうでもよかったと悟る。
著者の話は僧侶の説く「日々是好日」のごとしだが、生活環境が読者と同じなので共感する。宗教家はどこに消えてしまったのか。(中川里沙訳)
増子耕一
かんき出版 定価1870円






