
「中国はどのような国になろうとしているのか?」
こうした問いから本書は始まる。この国の成長を商取引や投資のチャンスと捉える風潮がある一方、不安を抱かないものは少ない。
中国とは一体いかなる国なのか。いかなる世界をつくろうとしているのだろうか。
習近平政権が説く歴史像は、5000年以上の歴史と輝かしい文明を持つ偉大な国家でありながら、アヘン戦争以来「百年国恥」を受けて現在に至ったというもの。しかし近年の研究は、説かれるほぼすべての側面に異議を唱えてきた。それらを白日の下にさらしてみようというのが著者の意図だ。
「中国人」に根差した「古代」から連綿と続くという歴史は、現代に創作されたフィクションだったことを著者は明らかにする。中華民族の均一性も、国境線も、国民国家の概念も、19世紀末から20世紀前半にかけて捏造(ねつぞう)されたものだった。中国という国名すらも西洋人が空想上に作り上げたもので、当事者すら知らなかった。
史実に向き合う姿勢が習近平政権と著者とでは真逆になっている。一方は歴史を改ざんした神話と夢を語り、他方はその間の事情と真実を明らかにしていく。捏造の解明は中国という国名から始まり、主権、漢族、中国史、中華民族、中国語、領土、領海と続く。
訳者あとがきによれば、近代化しようにもそれに必要な要素が全くなかったため、亡国を防ぐべく〝禁じ手〟を使うしかなかったという。そのフィクションが国内では弾圧、国外では脅威をもたらしているのだ。
西洋人の実証的な歴史学の手法と、中国人の歴史の観念とで、根本的な違いが明らかになって興味深い。中国人が書く歴史像は政治的な目標を裏付けるための創作で、真実の解明という意図はない。
虚構の神話は民に夢を抱かせるのであろうが、捏造されたものに永続性はあるのだろうか。
増子耕一






