
近代ロシアの知識人は国家の改革を推進するために西洋の知識と技術を学んだ。貴族として国家に仕えたが、西洋に学ぶことは「君主制の西洋」と「市民社会の西洋」を学ぶことだった。彼らは「農奴制」に基づく自分たちの社会の不合理さに気付くようになり、「共和制」を目指す者たちも現れる。
青年ゲルツェンがシベリアに流されたのもその故だった。1847年、専制主義の世界を逃れて家族と国外に脱出
以後、西欧社会を亡命者として体験し、諸国の革命家たちとも出会い、53年にロンドンで「自由ロシア印刷所」を設立。この巻で扱われるのはその後の63年から68年までの思索だ。
63年ポーランドで反ロシアの狼煙(のろし)が上がると、それを支持したことでロシア国内の改革派から支持を失い、発刊していた《コロコル》紙は発行部数を激減させた。著者の名声は色あせ、「自由ロシア印刷所」をジュネーブに移して心機一転を図ったが効果はなかった。ここに登場する人物論やスイスやイタリアやフランスについて断想は最後の時期のもので、失意の中で西欧世界も激変していく。
スイスのホテルで朝食時に見た30代のフランス人は太っていて脂ぎっていた。このような食い道楽、飲み道楽、美食趣味のフランス人は以前いなかったという。レマン湖のほとりは静かで落ち着いていたが、61年の農奴解放後、尾羽打ち枯らしたロシア貴族が何家族も住み着くようになり、著者らには具合が悪くなったという。
イタリアは独立したがプログラムには先の芽がないと評し、ドイツに次の出番を見る。
著者の見た西欧文明は堕落した世界だった。拝金と物欲、精神性の低下、日常生活への埋没、個性の喪失、群衆化。
「ルネッサンスと宗教改革に端を発した大変動は終わった」 巻末の「訳者付論 ゲルツェン―時代・人・思想」は極めて優れた評伝で、ロシアという国の悲しみが伝わってくる。金子幸彦・長縄光男訳。
増子耕一
岩波文庫 定価1716円






