
目に見えない小さな電子が、世界を動かしている。電気も化学反応も情報通信も、すべては電子の振る舞いに支えられている。江馬一弘著『電子を知れば科学がわかる』は、この一粒子を軸に科学の全体像を描き出す意欲作だ。
本書はまず、電子の発見史から始まって、続いて原子の構造やその働きを説明する。この多様性に満ち溢(あふ)れた世界は、実は電子と陽子と中性子という、わずか3種類の粒子の組み合わせでできていて、陽子と中性子は原子の奥底に隠れているので、表舞台で活躍するのは電子という。陽子と中性子で構成される原子核は奥まった所にいる戦国大名で、電子は動き回る前線の兵士という例えが分かりやすい。
さらに量子論の登場によって、電子が「粒子であり波でもある」という二重性を示すに至ったことを、平易な比喩を交えながら解説する。電子を単なる物理学の対象ではなく、「科学をつなぐ共通項」として扱うことで、物理、化学、生物が一本の線で結ばれる。学生時代、理科系科目が苦手だった人向きにも格好の復習教材となるだろう。
電子の質量は原子の質量の数千分の1程度しかなく、あらゆる物体で電子が占める質量の割合は微々たるものだ。しかし塵(ちり)のような存在の電子が実はこの世界の主役と言え、その身軽さゆえにさまざまな現象を引き起こすことができる。
現代社会は、電子を制御する技術に支えられている。スマートフォンや家電製品、車やAI、われわれが日常的に接する多くのテクノロジーの根底には半導体の電子操作がある。「すべての道は電子に通ず」。
科学を学び直したい大人にも、科学に興味を持ち始めた学生にも薦めたい本である。(長野康彦)
江馬 一弘著(講談社ブルーバックス)定価1100円(税込)





