トップ文化書評「モンゴル帝国 草原のダイナミズムと女たち」 楊 海英著 【書評】

「モンゴル帝国 草原のダイナミズムと女たち」 楊 海英著 【書評】

モンゴル帝国 草原のダイナミズムと女たち 楊海英
モンゴル帝国 草原のダイナミズムと女たち 楊海英

妃が政治と宴会の主催者

 ソ連崩壊後、中央アジアの諸国が独立することによって、ユーラシア大陸で繰り広げられたモンゴル史への研究視点が変わった。歴史の現場と史料群に直接立ち入ることができるようになり、かつて支配的だった中国やロシアを軸とした見方に修正が加えられる。

 「野蛮」「禽獣(きんじゅう)」など偏見から捉えられた歴史像が、本来の姿に復元されつつあると著者は言う。日本人でその先駆的研究に当たったのは、米国でモンゴル語学者ニコラス・ポッペに師事した岡田英弘と、京都大学で著者がモンゴル語とチベット語と漢語の史料の指導を受けた杉山正明だった。

 著者はまた国立民族学博物館の指導教官・松原正毅に従って、天山・アルタイ山で遊牧民の調査に当たり、外部に閉ざされてきた歴史の現場に立ち会った。

 著者は1964年、南モンゴル・オルドス高原の生まれで、モンゴル名はオーノス・チョクト。楊海英は中国名で、日本名は大野旭。静岡大学教授だ。

 本書はモンゴル人の手によって書かれたモンゴル史。これまで日本の研究者が軽視してきた『モンゴル秘史』や年代記を重視し、人類学の視点も加えて、新たなモンゴル帝国像を提示する。そうして書かれた本書は女性に焦点を当てた帝国史だ。

 なぜここに着目したかと言えば、二つの絵がそれを象徴する。米国のメトロポリタン美術館に収蔵された遊牧民を描いたイスラーム陶磁器では、駿馬(しゅんめ)にまたがった女性が鷹(たか)狩りをしていて、女性もまた騎馬軍団を率いる能力を発揮していたことを伝えていた。

 また14世紀、イル・ハーン国で描かれたもう一枚の絵では、玉座にハーンとともに妃(きさき)が座っていて、政治と宴(うたげ)の場に男性と同様、参画していた。妃こそがその主催者。歴史家たちは帝国の創始者は男性という視点で見てきたが、著者はその背後に母や妻や姉妹らがいて、帝国の創設に決定的に大きく貢献していたことを綴(つづ)っている。歴史をひっくり返して示すのだ。増子耕一

(講談社 本体1300円)

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