
1852年8月、ロンドンにやって来たロシアの亡命貴族ゲルツェンは、さまざまな人物と出会い、交流を持つ。イタリアの革命家マッツィーニ、イギリスの社会主義者ロバート・オーエン、ロシアから来たドストエフスキーやバクーニン…。
この年から『過去と思索』を書き始めたが、翌53年6月には「自由ロシア印刷所」を設立して操業を開始した。
55年2月ニコライ1世が崩御し、アレクサンドル2世が即位する。ゲルツェンは新しい時代の到来を予感して8月、年刊誌《北極星》を刊行。9月クリミア戦争の敗北が決定的となるとともに《北極星》はロシア各地でむさぼるように読まれた。
多様な意見に対応するために56年7月、別の雑誌《ロシアからの声》を発刊。さらに57年7月には「僕らの新聞」を出そうと《コロコル(鐘)》を発刊した。この月刊紙は旬刊紙となり翌年2月には週刊誌に。
ゲルツェンは《コロコル》紙上でツァーリへの建白書「ロシアにおける革命」を発表、「ロシア的社会主義」を平和裏に実現することが可能だと説いた。それは西欧的な資本主義の道を経るのではなく、農民の中に残る共同性の意識と西欧近代思想に目覚めた青年知識人の個我の意識が結合することによってだ、と。
本書にはロンドンで出会った人物たちのことが語られている。重苦しくて退屈な、争い好きなのはドイツ人亡命者たち。彼ら自身が「無頼の徒」と呼んでいたのはマルクス一派だった。革命と反動が残していった沈殿物のような人々のことが記される一方、社会主義者ロバート・オーエンの起こした事業と失敗の原因についても論述する。彼は宗教を拒んだために泥沼に入っていったという。
「無冠の帝王」として偉業を伝えるのはマッツィーニについてだ。イタリアを開放しながら何物も得ず、国から追われた革命家。著者がほれ込んだ人物の一人だった。
(金子幸彦 長縄光男訳)





