
著者が生まれたのは1947年、大阪府堺市。隣の奈良県側に金剛山(1125㍍)があった。大阪府下の最高峰で、登ったのは中学生の時。体験するすべてが新鮮だった。
四季を通して山に親しみ、自然の中で過ごす楽しさを知った。高校1年生の時、ハインリッヒ・ハラーの『白い蜘蛛』を読んだことをきっかけに「アイガー北壁に登りたい」、「山に関わる仕事を生業にしたい」という夢を抱くのだ。
本書はこの夢を一歩一歩実現させていった自叙伝。アイガー北壁は1969年、日本人として初登頂し、世界最年少記録(21歳)、最短登攀(とうはん)記録(21時間)を樹立。それから50年後の2019年には、72歳にしてマッターホルンに登頂する。
挑戦と冒険の人生は、経営にも発揮された。モンベルを創業して登山道具の商品開発と販売にも努めた。コンセプトは「軽量と迅速」。体験に基づくもので、野外では迅速に行動することが安全につながる。
制作した商品は売れるものというより、自分たちが必要としたものだった。シュラフやテントやウエアなどであったが、野外で茶の湯を楽しむ野点(のだて)セットまで考案した。
さらに驚かされたのは、山岳専門雑誌『岳人』(中日新聞社)が休刊することになると、その出版事業を引き継ぐのだ。課題は山積みだったが、4カ月後に発行。流通システムも年間定期購読と直売店方式に転換した。コストも資源も無駄をなくしたのだ。
登山界にはすごい人物がいるのだ。
仕事が忙しくて旅にも行けない、とは考えず、幼稚園の送迎バスを改造して移動式社長室にした。バスはモンベルのテントと交換してもらったという。
まだある。突如として起こる自然災害に対して「アウトドア義捐隊」をつくり、大地震や豪雨の際に、被災者らの救援・復旧活動をサポート。多くの企業からも協力があった。すべて山から教わったのだ。
増子耕一





