トップ文化書評『翻訳者の全技術』山形浩生著 9割の理解ができる翻訳で  【書評】

『翻訳者の全技術』山形浩生著 9割の理解ができる翻訳で  【書評】

『翻訳者の全技術』 山形浩生著  星海社新書 定価1430円

翻訳という仕事では、言語の壁にどう向き合っているのだろうか。著者がこれまで訳してきた書をみると、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏著『21世紀の資本』(みすず書房)、ロシア大統領プーチン氏著『プーチン重要論説集』(星海社新書)、英国の作家ジョージ・オーウェル著『一九八四』(星海社、2024年)など。いずれも小難しそうという印象だ。

そんな著者がインタビューを受けて、それがまとめられて本書になった。本人いわく「あまり普通の翻訳者ではないし、したがってそれを知ったところでほとんどの人は参考にもならないだろう」と。何とも自虐的。ところが、内容は意外と面白い。ため口も出てくるが、さほど気にならない。翻訳作品のいかめしいイメージとは正反対の文体なのである。

翻訳に携わった本はこれまでに「百冊以上」。出版社などから依頼があって、というよりも「目先でおもしろそうなものにホイホイ手を出しているだけ」。つまり、「勝手に」翻訳。驚きである。もちろん、商業ベースに乗らない作品もあるが。

仕事の動機には感心した。「既存の翻訳を見て、何を言っているのかわからないことがままある」。これは同感だ。冗長だったり、一文が長くて主語と述語の関係がみえなかったり。「原文を見てみると『なーんだ、ちがうじゃないか、こういう意味だよ』」という心の声を素直に(?)語る。

最近の作品『一九八四』では、これまで「真理省」と訳されてきた箇所を「真実省」とした。真理とするのは「大仰」と判断したから。そうやって「9割の読者が9割の理解をできるくらいの訳を提供できれば大成功」だという。

「(翻訳者の)理解が欠落」している訳書があると酷評もためらわない。さらに、読者に対しても苦言。「意味不明なほうがありがたいと思ってるんじゃないか」と。読書への向き合い方など人生論でもあった。

岩田 均

星海社新書 定価1430円

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