
『隷属への道』の著者フリードリヒ・ハイエク(1899~1992年)は、ファシズムや共産主義など全体主義と対峙(たいじ)した経済学者として知られてきた。が、彼の経済理論は一般にはほとんど知られておらず、一貫して主張した「自生的秩序」論を理解するためにはその理解が不可欠だと著者は言う。
ハイエクの業績は極めて幅広く、没後も研究は盛んだ。著者が語ろうとするのはその思想の縦糸と横糸。縦糸とは彼自身の学説や思想の流れであり、横糸とは多岐にわたる同時代の経済学者や思想家との交流だ。
そしてもう一点が、彼への誤解や曲折についてだ。経済で世界を一元化しようとする「新自由主義」や「グローバリズム」の首魁(しゅかい)、という批判は全くの誤解で、彼こそ、その批判者だったと論じる。
入門書にしては盛り込まれた内容の膨大さに圧倒されるが、ハイエクがどのような学者だったのか、その思考形態を伝えてくれて興味深い。
ハイエクによれば優れた学者には二つのタイプがあるという。「学科の達人」と「混乱した人」だ。前者は専門分野の諸理論に精通して、自在に応用できる人。後者は前者が見落とした暗黙の前提や隠れた問題にぶつかり、明確になっていない概念を抉(えぐ)り出そうとする人。
ハイエクは「混乱した人」のタイプで、自由主義社会を擁護するがあちこち迂回(うかい)し、問題にぶつかりつつ、少しずつ核心に迫っていこうとする。横糸が多岐にわたるのもそのせいだ。
興味深いのはケインズとの関係で、2人はライバルとして紹介されることが多かったが、共に「混乱した人」。ハイエクはその人柄に魅了され、称賛を送り、親愛の気持ちを持ち続けた。先輩ケインズもハイエクの研究と生活に便宜を図ってくれ、『隷属への道』を「深く感動した」と絶賛した。
「自生的秩序」形成には相反する力も作用し、それだけ自由社会の育成は容易ではないということなのだ。
増子耕一
ちくま新書 定価1430円