トップ文化書評『裁判官の正体』井上薫著 元当事者が語った内幕【書評】

『裁判官の正体』井上薫著 元当事者が語った内幕【書評】

『裁判官の正体』 井上薫著  中公新書ラクレ 定価990円

検事や弁護士は分かりやすいが、裁判官は分かりにくい。元裁判官が「裁判官はこういう者です」と語ったのがこの本だ。

朝廷→幕府→明治政府と移っても、裁判は行われてきた。「判断を下す」ことは人間社会にとって必要なことだったに違いない。

明智光秀が織田信長を襲撃した本能寺の変は有名だが、現代人がこの事件を裁判に訴えても、受け入れられない。当事者の権利や義務には関係がないからだ。

司法権は消極的なもの、との指摘には納得。裁判所が事件を探す話は聞かない。逆に行政権は能動的だ。事件の可能性があれば、警察は誰かに言われなくても捜査を始める。

裁判官の担当は、受付順に割り当てられる。裁判官が「この事件を担当したい」と言うことはない。弁護士は仕事を選ぶことができる。裁判官が判決を下すのには苦悩が伴う。「死刑か無罪か」という重い判断もある。

裁判官の仕事量も意外に多い。月に20~30件、仕事が生まれる。記録を読むことは裁判官の仕事の相当部分を占める。目の酷使は職業病のようなものだ。

「裁判官の生活」の面では転勤が大きい。3年ごとに異動する。マイホームは困難。「引っ越しは壮大なムダ」と著者は言う。

東京勤務の人気は高い。地域手当が20%付く。「物価が高い」のが理由らしい。なお、東京勤務になった場合、「3年後は最高裁が行けと言ったところに行きます」という念書を提出する慣行がある。

裁判官は目立つことを嫌う。先例主義を守る傾向も強い。「ニュースになるような画期的なことはやらない」とも言う。

メディアは最高裁判決を重視するが、あくまでその事件についての判断と理解すべきだ、と著者は指摘する。最高裁の過大評価はよろしくないようだ。表題通り、「裁判官の正体」を語って興味深い本だ。

文芸評論家・菊田 均

中公新書ラクレ 定価990円

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