トップ文化書評『中央線随筆傑作選』南陀楼綾繁編 沿線に芸術家・文化人が集う【書評】

『中央線随筆傑作選』南陀楼綾繁編 沿線に芸術家・文化人が集う【書評】

『中央線随筆傑作選』 南陀楼綾繁編  (中公文庫 定価990円)

中央線というのは、東京~名古屋を走る中央本線のうち、東京~高尾間のことを呼ぶそうだ。その前身、甲武鉄道が新宿~立川間を結んで開業したのは1889年。1906年に国有化された。

この路線沿いで大きな変化が起きるのは1923年の関東大震災がきっかけで、都心からの急速な人口移入を引き起こし、杉並区では1925年から40年の間に5倍近く人口が増加。

この沿線には芸術家や文化人が集まるようになり、戦後も人口は増加し続ける。本書はこの沿線に居住したことのある詩人、作家、劇作家、画家、漫画家、ミュージシャンら42人によるこの土地での生活をテーマにした随筆集。

個人的な生活をつづったものが圧倒的に多いが、中央線が何なのか、全体像を提供しているのが詩人ねじめ正一の「江戸と武蔵野が混ざる」だ。それだけ沿線で暮らした時間が長い。

「高尾から三鷹までの沿線からは、武蔵野の匂いがぐぐっと押し寄せてくるような気がするし、東京の方からは、江戸の香りも漂ってくる」「東京方面の江戸っぽい風と、高尾方面からの武蔵野の木と土の匂いの風が、ちょうどいい具合に混じり合うのが、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻窪あたりである」

古いものでは与謝野晶子「我家の庭」(1932年)、終戦後では徳川夢声「荻窪スタジオ」(1955年)、現在に近くなると出久根達郎「ムダを愛する町」(1993年)など、時代による風景の変化がよく分かる。

与謝野晶子は荻窪に700坪の土地を借り、広すぎて半分を知人に譲るが、そこは麦畑の中。洋風の家を建て、日本間や浴室を建て増ししてゆき、箱根から秩父の山まで2階から遠望できたという。

尾崎喜八の「通過列車」(1939年)は、西荻窪のプラットホームに立って西へ向かう列車を眺め、夏を迎える山々を憧れる気持ちをつづっている。東京の縮図の一端だ。

増子耕一

(中公文庫 定価990円)

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