
本書の主人公、オイゲン公子(1663~1736年)は、フランスのサヴォワ公国のソワソン伯爵ウジェーヌ・モーリスの五男坊であった。彼はパリではウジェーヌと呼ばれていた。
19歳のウジェーヌは、軍人を希望するとルイ14世に上申するが、国王から拒絶された。1683年、第2次ウィーン包囲戦勃発の日、ウジェーヌの兄がハプスブルク軍の竜騎兵連隊長として従軍し、戦死する。
兄の敵を討つと決意した彼は、皇帝レオポルド1世の滞在地パッサウにたどり着く。8月14日、彼は皇帝に謁見(えっけん)を許される。皇帝の第一声は「よく来てくれた、オイゲン」だった。ドイツ語ではウジェーヌはオイゲンになる。
戦歴ゼロの彼は、義勇少尉として従軍する。9月12日払暁(ふつぎょう)、カーレンベルクの丘でマルコ・ダヴィアノ神父が勝利祈願ミサをささげる。決戦のカーレンベルクの戦いは12時間続き、戦死者1万人を出したトルコ軍が惨敗する。彼は敵を見事に欺く戦略能力を発揮する。
1686年、約150年間もトルコ軍支配下にあったブダペストを解放し、97年、最高指揮官として皇帝軍を率いたゼンタの戦いで、トルコ軍に決定的な勝利を収め、2年後の和平条約で「大トルコ戦争」を終結させ、ハンガリー、トランシルヴァニアを獲得したハプスブルク家は、東南欧に大きな勢力を確立する。
1700年、スペイン・ハプスブルク家の国王カルロス2世が嗣子を残さず死去し、フランスのルイ14世の孫がフェリペ5世として即位する。ウジェーヌはイギリス遠征軍総司令官マールバラ公爵と連帯して大同盟軍を指揮し、フランドル、バイエルンで大勝する。17年、7万人の皇帝軍を率いて、バルカン半島を睥睨(へいげい)し、20万人の常備防衛軍を擁するベオグラードを制圧した。これ以降、大した戦争も起こらず、彼は書籍や絵画に囲まれた静謐(せいひつ)な晩年を過ごし、1736年に亡くなる。72歳。
評論家・阿久根利具
鳥影社 定価1980円