
土とは何か。どのようにして生まれたのか。またどのようにして土から生命や文明が生まれたのか。これが土壌学者の著者によるテーマだが、「母なる大地」といわれるように、科学よりはむしろ宗教のテーマではないのかと自問する。
というのは「はじめに」で記すのだが、「全知全能にも思える科学技術をもってしても作れないものが二つある。生命と土だ」。これは最後の章でも繰り返される。「土は、その総体として見た時に、生命の要件すら満たし、人工知能よりも脳に近い機能を果たしている。土には、最古にして最先端の知能がある」。
科学的に見た場合、「土とは岩石が崩壊して生成した砂や粘土と生物遺体に由来する腐植の混合物」。そこには空気と水も含まれている。地球46億年史の中で土が登場するのは5億年前。それ以前は土を準備する段階だった。
興味深いのは粘土だ。これは鉱物が一度壊れて水に溶け、再結晶したもの。著者は分子構造で示すが、鉱物と違って、粘土の帯びるマイナス電気に水和(すいわ)陽イオンが引き付けられて水膜ができる、という性質がある。
ねばねばの仕組みだが、電気を帯びるこの性質が生命進化で重要な役割を果たす。これがないと生命誕生の材料がそろわないからだ。このように進化生物学や地質学が触れてこなかった重要な側面について語る。
生命の誕生、植物の進化、動物の上陸、文明の栄枯盛衰まで、土を軸に論じていく。話題満載だ。現実的なテーマは、農業によって疲弊する土をどうするのかという課題であり、人は土を作ることができるのかという問題も未解決。
世界中を訪ねて土を掘り返してきた、科学者としての著者の見解は、土には「最古にして最先端の知能がある」という興味深いもの。これは宗教の扱う分野と重なっていく。創造主による天地創造という、根源的な世界に踏み込まざるを得ないテーマだからだ。
増子耕一
講談社ブルーバックス 定価1320円