山で出会った音楽の仲間たち

この童話はイシザワ・モミイチという復員兵の物語だ。モミイチは牧場で育ち、子供の頃は馬もたくさんいたが、大きくなる頃にはほとんどが牛。
モミイチの部隊はインドシナ半島に行き、何カ月か後、フィリピンのマニラに向かった。船が湾に差し掛かったところで魚雷が命中。運よく船に引き上げられ、陸軍病院に。
その後スマトラや、スラバヤや、ガラム島にいたが記憶を失っている。
部隊では鍛工兵を務めた。馬の蹄鉄(ていてつ)を作り、ツキスミという名の馬を世話をしてかわいがっていた。
終戦後、牧場に戻ると、鍛冶屋の仕事をするようになり、燃料の炭を作るために炭焼きも始めた。
だが日に何度と蹄(ひづめ)の音が聞こえてくる。その後を追って山の奥へ、奥へと行くと、原っぱに出た。ミツバチを飼っている男と出会った。彼はクラリネットも上手だった。
その日、テントに泊めてもらい、鹿肉をごちそうになるが、オーケストラの仲間がいることを知る。フルート、オーボエ、ファゴット、ヴァイオリン、ティンパニー…。彼らは仕事も暮らしも別々だが、お祭りに集まって演奏会をするという。
会ってみると部隊にいた頃に知った兵士たちによく似ていて、「よおー」とあいさつする。生活品も部隊での暮らしを思い出させる素朴なもの。モミイチは仲間に入れてもらおうと、山を下って鍛冶で鈴を作る。
この童話は作者の戦争体験が基になっているが、浄化されて、夢のような物語となった。作者の大好きなものたちを登場させることによって。花々や樹木、音楽と楽器の数々、おいしいごちそう、虫や動物たち、そして大自然の中での生活だ。
ヴァイオリンの少女一家はかいこを飼っているが、少女が披露するのはヴァイオリンの音に合わせて踊るかいこたちだ。
このように美しい戦争文学は他にあっただろうか。奇跡のような童話だ。
増子耕一
ちくま文庫 定価990円