出自集団を現した記号

中国では新石器時代の末期、大きな集落が周辺の集落を支配する体制が出現する。都市国家だ。その後、紀元前20世紀ごろになると広大な領域を支配する「王朝」が登場する。その過程で重要な役割を果たしたのが青銅器の生産だった。
紀元前13世紀後半、殷(いん)王朝の後期には、この青銅器に出自集団を現す記号が鋳込(いこ)まれるようになり、その記号は「族徽(ぞくき)」と呼ばれた。字形が原始的で自然環境や生活風習などを反映した文字だ。
それ以前にも、新石器文化で、陶器に単純な記号がさまざまに刻まれてきた。ヨーロッパでも見られたが、これらは言語を表現する「文字」段階には至っていなかったという。
最古の漢字として知られているのは「甲骨文字」。亀の甲羅や動物の骨などに刻まれ、発見された文字の総数は100万字を超える。高度に発展を遂げた状態で、文法は後代の漢文とほとんど同じ。漢字の成立は甲骨文字より何百年も前というがその資料は発見されていない。
族徽が使われたのは甲骨文字とほぼ同時期で、両者は同一の文字体系を示しているという。本書はこの族徽について語った書だ。族徽は所属する集団を表示する役割があり、原始的で、デザイン的な描写方法が特徴。甲骨文字から意匠化したものもあるが、別個の原始漢字に由来するものもあるという。これらから秦代の篆書(てんしょ)、後漢代の隷書(れいしょ)、中世の楷書へと変遷する。
族徽には動物を基にしたもの、人工物を基にしたもの、人間の行動を基にしたものなどがあり、これらを具体的に解説していく。例えば牛は、飼育コストが高く貴重品で、殷王は牛を犠牲にした祭祀(さいし)を盛んに行い、宗教的権威と経済力を誇示したという。
族徽は政治制度や社会状況を解明する手掛かりとなり、軍事、祭祀、神話、信仰なども解説する。殷の滅亡とともに担い手が分散し、その文化が衰退するというのも興味深い。
増子耕一
ハヤカワ新書 定価1364円