悲惨な状況の前兆という警告

いつだったか、「絶滅危惧生物」というタームを見聞したことがあった。その時は、ああそうかといった感想だったようだ。
日本の293種の絶滅危惧生物の見事な写真と簡潔な説明を収録している本書によると、人類が最初に自然保護に関心を持ったのは、10世紀ごろの北ドイツで、ブタの過放牧がブナ林の天然更新に大きな影響を及ぼしていることに人々が気付き、市民の間に放牧の規制の機運が盛り上がったのだった。
「自然保護」という言葉が初めて使われたのもこの頃であった。ブナの実を食べて育ったブタの肉はひときわおいしく、ブタをブナ林の中に追い込み、ブタがブナの実をほとんど食べ尽くし、ブナ林の天然更新が乱されたのだった。これはあくまでも、人間の側に重点を置いた人間と自然の共生であった。
日本の場合、古来、人間の日常生活に接する森羅万象に八百万(やおよろず)の神が居られるというアニミズム的な宗教観が屹立(きつりつ)していたこともあって無闇矢鱈(むやみやたら)に刈り込んだりはしなかった。
さらに明治維新まで肉を食する習慣はなかったために、ブタとブナのような不調和な関係は存在しなかった。だが、明治以降、西欧化、近代化を驀進(ばくしん)したわが国は、例えばニホンオオカミを絶滅に追いやり、自然破壊など顧みない状況となった。
ところで、1950年代になって、国際自然保護連合が、人間の営為によって数を減らし絶滅の危機に追いやられている生き物の種を「レッドカード」に書き込んで整理した。この調査は地球規模で進められた。さらに、個別の対象としていたが、やがて生物多様性を意識する保全へと拡大していった。
レッドカードの種が直面している脅威の原因も個別の種の性状としてではなく生態系の変動が種の生存に加えている圧迫として捉えられるようになった。それがわれわれの環境がやがて生存不可能な悲惨な状況に追い込まれる前兆なのだという警告にもなっている。
法政大学名誉教授・川成 洋
丸善出版 定価4180円