トップ文化書評『霊性の日本思想』末木文美士著 宗教が発展させた霊性【書評】

『霊性の日本思想』末木文美士著 宗教が発展させた霊性【書評】

『霊性の日本思想』 末木文美士著 岩波書店 定価3300円

NHKで再放送されたドラマ「坂の上の雲」を見ながら、短期間で国民国家を形成した日本人の霊性について考えた。歴史学者の所功氏によると、その始まりは崇神(すじん)天皇時代の天津神(あまつかみ)と国津神(くにつかみ)の習合で、家族国家としての国の形が作られたという。「天皇の赤子」という素朴な感情が急速な国軍の編成を可能にし、それが多大な血を満州などで流すことにもなった。

古代国家はその神々習合の上の神仏習合により形成された。地縁・血縁の神と普遍的な救いの仏が一つになり、統一された律令(りつりょう)国家を霊的に支えたのである。神道が独自の理念と儀礼を確立するのは中世になってからで、それを進めたのは神道ではなく密教だった。以後、神仏習合は江戸時代まで続く。

檀家(だんか)制度で行政に組み込まれ、信仰的には堕落したとされてきた近世仏教を再評価した一人が著者で、同制度が目指したキリスト教禁制は、実質的には先祖崇拝という日本人の霊性により実現された。信仰で救われるのは自分だけとの教えは日本人に馴染(なじ)まず、檀家制度は今日も続き、キリスト教徒は依然としてマイナーである。

明治政府の神仏分離による神道国教化は、神道側の思想と人材不足などのため頓挫し、日本的霊性に合わせた政教分離を進めたのはむしろ仏教だった。大戦下、仏教諸宗派は戦時教学などで軍国主義を鼓吹(こすい)し、戦後、それを反省することになる。そう考えると、生物学者の福岡伸一氏の、生命は「動的平衡」で「流れ」のようなものとの説が霊性にも当てはまり、神道や儒教、仏教の影響を受けながら、日本人は独自の霊性を発展させてきたといえよう。著者はその霊性から日本の思想を論じる。

本書の記述は戦前までだが、戦後の象徴天皇や、コロナ禍を経て家族葬や墓じまいが大きな流れになっている現在についても論じてほしい。

多田則明

岩波書店 定価3300円

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